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あれから数分しか経っていないだろうか。
マインと少女は城に連れて来られた。いや、これは連行と言うのだろうか‥‥
「異端者は牢へ連れて行け」
「はっ」
騎士らがそんなやり取りをする為、
「ろっ、牢って‥‥なんでだよ!こんな女の子を‥‥」
咄嗟にマインは庇うように少女の前に立つ。
「何を言ってる、この女は異端者だぞ」
一人の騎士が呆れるようにそう言った。
その男の目はとても冷めていて、汚物を見るような目で少女を見つめる。
「おっ、オレだって牢屋に入れられるんだろ!?散々盗みを働いたから!だったらオレも一緒に連れてけ!」
駄々をこねるようにマインが言い、それに対して騎士が口を開こうとしたところで‥‥
「お前達、下がっていいよ」
ーーりん、と。
まるで鈴の音が鳴った後のように、たった一つの声で辺りは静まる。
「へっ、陛下‥‥!」
騎士らは慌ててその場に膝をついた。
「あとは私が対応する。お前達は下がれ。ご苦労だった」
「なりません!陛下お一人に‥‥」
「構わん、これは命令だ、下がれ」
そう、陛下と呼ばれた男ーーすなわちこの、武術の国ソードラントの王が言う。
まだ、二十歳になったかその手前かくらいの、若い金の髪をした男だった。
王の言葉に、渋りながらも騎士たちはその場を離れ、城内の廊下にはマインと少女、そして王の三人だけが残された。
王はじっとマインを見据え、
「君がマイン‥‥くん?」
「え‥‥あ、あぁ‥‥はい」
名前を尋ねられて、マインは頷く。
「はは。なるほどねぇ、なるほどなるほど」
「なっ‥‥んだよ」
ニヤニヤとこちらを見て、何か意味ありげに含むような言葉を紡ぐ王を、訝しげに睨んだ。
「まあなんにせよ、悪かったね、いきなり連れて来させて」
「ふん、王様直々にお呼び出しとはな。牢屋に入れるならとっとと入れてくれよ」
隣でぼんやりと立っている少女の手をギュッと握りながらマインが言えば、
「牢屋に?ーーああ、噂はなんとなく聞いてるよ。足がとても速いんだってね」
「噂って‥‥いや、そうじゃないだろ、盗み‥‥」
「君のその素早さを是非とも借りたい、いや、欲しいんだよ、マインくん」
ずいっと、マインの目の前まで王が歩んで来て、こちらに手を伸ばしてくる為、咄嗟にマインは後ずさる。
「お前ほんとに王様か!?なんかキモい!!」
「失礼だなぁ。私はただ、噂の君に会えて嬉しいだけなのに」
マインのそのあまりに無礼な言動にも、王はただヘラヘラと笑っていた。
「で、どうかなマインくん。私の手伝いをしてくれないかな?」
「いったいなんなんだよ!?オレの悪事を裁くんじゃないのかよ?」
「悪事、ね」
ふっ‥‥と、王は苦笑しながらマインに頷き、
「まあ、そんなのは後回しでいい。今は、本当に君の手を借りたいんだ」
「‥‥?」
マインは疑問の表情を浮かべ、とりあえず説明してくれよと、王に促した。
ーー王がマインに言ったのは、『ニルハガイ国の王に手紙を届けて欲しい』‥‥なんて事だった。
「はっ?他国の王に‥‥?いやいやいや!?なんでオレが!?」
「君の足だったらニルハガイ国まで二日程で着くだろう?」
「いや知るかよ!そんなの部下にやらせたらいーじゃんか!?」
「そうなんだがねぇ」
王は困ったような表情を作り、
「オルラド国」
「え」
その国の名前にマインは固まる。
ーー何年も前に、戦闘主義国オルラドが宣戦布告もなしにソードラント国に攻め入って、そして‥‥
オルラド国のせいでマインは両親も家も失い、毎日盗みを働き、寝床を探す生活をすることになったのだから。
「オルラド国が最近また不穏な動きを見せているようでね。一人でも兵が抜けたらちょっとマズイんだ」
「それで、オレに?」
「そう。君に」
マインは数秒考え、
「いったいなんの手紙なんだよ」
「国同士に関わることだから詳しくは話せないんだ」
「んだよそれ」
いきなり呼ばれて、いきなり王に命令されて、詳しい内容は話せない、なんて。
マインはわけがわからないままである。
足が速いから?
それなら馬車の方がもっと速いし効率がいいだろう。
何か怪しいと、マインはモヤモヤしつつ、それから、隣に居る少女を思い出し、
「こいつは、どうなるんだ?」
「異端者はこっちで預かるよ」
「‥‥異端者って、どう、なるんだ?」
マインの質問に王は目を細め、
「知りたい?」
なんて聞いてきて、
「‥‥こいつを、オレと一緒に行かせてくれるってんなら、こいつを殺さないってんなら、オレはあんたの指示を受ける。で、それが終わったら、オレは大人しく牢に入ってやるよ」
マインの発言に王は目を丸くして、それからおかしそうに吹き出した。
「んー?あー‥‥君、何か私のことを勘違いしているんじゃないかな?」
「へ?」
「いや、なんでもないよ。わかった。その異端者‥‥いや、少女は君が大切にするといい」
‥‥あまりに。
あまりに王は物分かりが良くて、マインの中には更に更にと疑心が渦巻く。
◆◆◆◆◆
手紙は別に今すぐ届けてほしいと言うわけではなかった。
一週間以内に届けてほしい、とのこと。
しかし、マインはソードラント国から出た事がない為、ニルハガイ国への行き方を知らない。
王曰く、マインの足なら二日程度で着くらしいが‥‥
とりあえず今日は城にある一室を用意された。
豪華な食事まで出され、そんなものを食べたことがないマインは、せっかくありつけた食事だったが、あまり喉を通らなかった。
少女も少食なのか、少し手をつけたのみで。
ーー食事を終え、少女は部屋にあるソファーに静かに座っている。
マインは見たこともない豪華な部屋にソワソワしていた。
「いったいなんでこんなことになったんだ‥‥」
そう、呟く。
それから、道の確認用に渡された地図に目を落とした。
今、自分達がいるのは武術の国ソードラント。
向かう先は隣国である防壁の国ニルハガイ。
他に、魔術の国であり、平和主義国のサントレイル。
文化と歴史の国、火本。
そして、戦闘主義国‥‥オルラド。
(地図で見たらこんなちっぽけなんだなぁ、世界って)
地図をくるくると丸め、マインは少女の隣へ行き、同じソファーに腰掛けた。
「なんかさ、一緒に行くとかオレが勝手に決めたけど、良かったか?」
少女に尋ねたが、やはり反応はない。
「異端者には感情が無いんだよな?オレさ、あんま異端者について詳しくねぇんだ。感情がないって、それぐらいしか知んねぇ。たださ‥‥」
少女が聞いていなくても、伝わらなくても、マインは淡々と話を進め、
「異端者だって、人間から生まれるんだから人間だろ?それをさ、ギルドに連れてって金に変えるだとか、なんか、嫌だよな。昨日、お前を見つけた時、今のオレとお前、似てるなーって思った。お互いボロい格好で、歳も変わらないだろうし。オレも、この国じゃあ疎まれてるし‥‥お前も、異端者だから疎まれて来たんじゃないのか?」
チラッと少女の方を見れば、少女はいつの間にか青い色鉛筆をポケットから取り出して握っていて。
『城に郵送する途中で異端者が逃げたそうだ!』
昨日、人々はそう言っていた。
マインは異端者を見るのはこの少女が初めてだが、この少女を見る限り、異端者に感情がないだなんて思えない。