(‥‥居ない、か)

なんとなく気になって、マインは先ほど少女が居た路地裏に戻ったが、そこにはもう少女の姿はなかった。

(異端者には感情が無いーーだったっけ?なのになんで逃げたんだ?もしさっきの女の子が異端者だったとして‥‥)

マインはそこまで考えて、小さく息を吐く。

(なーんて、オレは異端者についてあんま知らないんだけどな。‥‥さ、関係ないことに時間使っちまった)

異端者を捕らえ、ギルドにでも連れて行ったら金に変わる。
だが、マインはギルドに関われる年齢ではない。
十六の歳でギルドに関わることができ、保護者が居れば十代から請け負えるが‥‥
マインには頼れる大人なんて当然いない。
それに、異端者も人間だと思う。
盗みは平気でするけれど、人間を売る行為ーーマインはそんなことは嫌悪していた。

人々は異端者に対して反応が異常過ぎると思う。
マインは自分が生きるのに必死だからか、異端者を嫌悪する時間もないし、異端者だろうがなんだろうが、どうでも良かった。


ーーポツ‥‥ポツ‥‥
冷たい滴が頭から頬へ伝う。

「‥‥うげっ、雨じゃん!やばっ、寝床!!」

小雨だが、雲行きが悪い。数分もすれば本降りになりそうだ。

(やべぇな、橋の下、取られてそうだな)

パシャパシャと水溜まりを踏み、マインは急いで走る。

(おっ、ラッキー!空いて‥‥あれ)

橋の下は河川敷になっており、そこにぽつんと人影が見えた。
だが、雨宿りが出来る橋の下に居るわけではなく、橋の下から少しずれた場所で、雨に打たれ立ち尽くしている。

(さっきの、女の子だ)

マインは先程見た、異端者かもしれない少女を遠目からぼんやり見ていた。

ただ雨に打たれ立ち尽くすその姿はどこか虚ろで、

(おかしい‥‥)

なんて思って、マインはぶんぶんと首を横に振る。

すると、少し遠くからざわざわと人声が近付いて来たのに気付き、マインは咄嗟に走り出していた。
走り出したのは、迷いもなく橋の下。
寝床を確保ーーするわけではなく、無意識に少女の方へと向かっていた。

「おいお前!!」

マインは少女の元に辿り着き、声を掛けるが、

「‥‥」

聞こえないのかなんなのか、少女は振り向くこともなく立ち尽くしたままで、

「おいってば!お前、異端者なのか?人が来るぞ!捕まるぞ!聞いてる?こっち見ろって!なぁ、おい!?だぁー!!もーっ!」

無反応な少女に苛立ち、マインは少女の腕を無理矢理に掴んで引っ張った。
それから橋の下に逃げ込むように走り、

ざわざわ‥‥ざわざわ‥‥
橋の上を通る人声が通り過ぎるまで、声を殺し、潜んだ。

「‥‥行ったな」

ため息を吐き、なんで自分がこんなにも、はらはらドキドキしなきゃいけないんだと、マインは少女の方を見る。

「あのさー、お前、喋れないの?」
「‥‥」
「名前は?」
「‥‥」
「‥‥」

会話すらできなくて、次第にマインも黙り込んだ。

生憎の雨に体が冷える。
それに、少女の格好‥‥

下着類さえ身に付けず、ただボロい布切れ一枚を纏っているだけ。
見ているこっちも寒くなる。
まあ、自分もボロボロで薄手の服だし、人のことは言えないが‥‥そう思った。

(服、か‥‥)


ーー翌朝、雨は止み、空はすっかりと晴れていた。
そんな中で、街の市場は今日も朝から賑わいを見せている。悪い意味で。

「服が盗まれたぁあ!?」

そう叫ぶのは服屋の店主。

「マインか?だが、服屋が狙われるのは初めてだな」

客が言えば、

「いや、それがマインかはわからないんですよ。なんたって、盗まれたのは女の子用の服と、仕立て用の布なんです」
「へぇ、じゃあ別の泥棒か?ったく、物騒だなぁ」

店主と客はため息を吐いた。


◆◆◆◆◆

コソコソと、マインは女の子用の衣類と仕立て用の布を抱え、少女の居る橋の下へと戻る。

「あ、良かった、まだ居た。ほら、コレ。服とか下着‥‥」

マインは下着類さえ身に付けず、ボロい布切れ一枚を纏っている少女に照れながら抱えていた衣類を渡す。

少女はそれを受け取り‥‥
だが、反応はない。

「きっ、着替え!着替えぐらい自分でできるだろ!?」

マインが怒鳴ると同時に少女は黙々と着替えを始めようとしたので、慌てて少女に背を向ける。

(いったい、コイツはなんなんだろう)

数分して、チラッとマインは少女に振り返った。
いつの間にかマインが渡した服を全てキッチリと着ている。

ピンク色のセーターに茶色いスカート。

「‥‥かっ、かわいい」

思わずぽつりとマインは呟いた。心から思ってしまったのだ、かわいいと。
女の子と接することなんて、もしかしたら生まれて初めてかもしれない。
しかし、無意識に呟いた言葉に慌てて首をぶんぶんと横に振り、仕立て用の布を少女にスッポリと被せ、フードみたいにしてやる。

「お前、異端者かもしんないだろ?だから、顔とか隠す為にちゃんと被っとけよ」

と、マインは少女に言う。しかし、やはり返事はなかった。

ふと、彼女がたった一枚纏っていたボロボロの布切れに目を遣れば‥‥

「なんだこれ」

布切れの隙間から見えたものにマインは手を伸ばす。

「色鉛筆?」

一本の、青色の色鉛筆だった。

ーーばっ!!

「え!?」

マインが驚いた時にはもう、その色鉛筆は少女の手に握りしめられていて。

それまでなんの反応もなかった少女がマインの手から色鉛筆を奪い取るーー少女は初めて大きく動いた。
しかし、表情は無表情のまま。

「大事‥‥なのか?それ‥‥」

マインが尋ねるも、やはり返事も反応もない。
ただ、青色の色鉛筆だけはしっかりと握っていて‥‥

マインはそれを、羨ましいと感じた。

自分には、そんな風に大切なものなんてないから。


「そーいや、名乗るのが遅れたな。オレはマイン。わかるか?マ・イ・ン、だ」

マインは少女が聞き取りやすいように言ったつもりだが、果たして伝わったかどうかはわからない。
それから、

「‥‥どうすっかなぁ、こいつのこと」

頬杖をつき、少女を見ながら言う。
数秒、沈黙のままでいたが、

「どぅわっ!!?」

マインはそう声を上げた。
急に少女がマインの胸に飛び込んで来たのだ。

「えっ!?ちょっ、ちょっ、なに?なになに!?なんなんだ!!?」

わけがわからなくて、ましてや女の子がこんな風に抱きついてきて、マインは鼓動を速め、一気に顔を真っ赤にする。

ーーしかし、そんな緊張はすぐに冷めた。


武術の国、ソードラント。
この国の騎士たち数名が、気配も醸し出さずにマインと少女の前に居たのだ。

「確かに異端者だな」

一人の騎士が低い声で言い、

(いっ、異端者‥‥やっぱりこいつ、異端者なのか?!)

マインは自分に抱きついたままの少女を見下ろす。

「よし、連れて行くぞ」

その騎士の言葉にマインは慌てた。
まさか、この少女は怯えているのであろうか?

異端者に関しては詳しく知らない。連れて行かれてどうなるかは知らない。
しかし、良い結果ではない、はずだ。

「まっ、待ってくれよ!こいつは異端者なんかじゃ‥‥」
「お前がマインだな。数年前から街中を荒らしてると耳にしている」
「っ!?」

これはーー‥‥
色々とマズイ状況だと判断する。
お得意の走りでマインは少女を連れて逃げようとしたが‥‥

「異端者は城へ。そしてマイン、お前も我が国の王の元へ連れて行く。王が直々にお前をお呼びだ」
「なっ‥‥」

それに、その騎士の言葉に、マインは終わった‥‥そう思った。
王様なんて目にしたことがないからどんな人物かは知らないが‥‥
それでもなんだかんだ数年間、住人達から今まで見逃されていたのだ。
それを通り越して、今から王様の前に連れて行かれる。

(オレの人生、マジ、終わった‥‥)

ぎゅうっ、と、情けないが、すがるように少女を抱き締め返しながら、マインの頭の中はただただ真っ白だった。


ー38ー

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