「ば、馬鹿ぁあぁあーーー!!」

教会に帰って一番に飛んで来たのは、波瑠の泣きながらの怒声だった。

「何してたのぉ!なんで連絡魔法に返事しなかったの!?あんた、どれだけ心配したと‥‥」
「波瑠さん」

シハルが波瑠の肩を優しく掴み、それからヒロを見た。謝罪の言葉しか浮かばないヒロは視線を落としたままで、それでも謝ろうと顔を上げたら、ーーパシンッ‥‥と。
頬に少しだけ痛い平手打ちが走った。

「‥‥ヒロさん。俺達は血の繋がりはないけど家族なんだ。だから、凄く心配した」
「‥‥ご、ごめん‥‥なさい」

久し振りに聞いたシハルの厳しい声。それを聞きつつ、しかし、彼の目は本当に家族を心配している眼差しだった。
今にも泣いてしまいそうなヒロの肩を抱き寄せ、シハルの胸に顔を埋めさせられる。

「理由は別に求めないよ。話したければ話せばいいし、話しにくいなら話さなくていい。ただ、俺も波瑠さんもカイアもラサさんも‥‥それから異端者の皆もきっと、ヒロさんを心配してたってこと、覚えておいて」

そう、シハルは親のような、そんな口振りで言った。こうしてヒロを諭すようなところは、記憶障害を起こす前と変わっていない。
この温もりは、あの頃のままだ‥‥
再び、ヒロが口を開き謝ろうとしたら、

「さて!じゃあ夕飯の準備しようか」

シハルはヒロの体を離し、心配そうに光景を見ていたカイアとラサに向かってそう言った。それにカイアはほっとするように頷き、ラサとキッチンへ向かう。

「‥‥晩御飯、まだ食べてなかったの?」

ヒロが聞けば、

「だって、ヒロさんがまだ帰ってなかったからね」

当たり前のようにシハルが言うので、

「‥‥っ‥‥ごめん、本当に‥‥」

ヒロは俯いて、再び謝った。
しかし‥‥とてもじゃないが、ジルクとの会話を皆に話すことは出来なくて‥‥でも、シハルは話さなくてもいいと言ってくれて。
それにこんなにも心配を掛けてしまったのに、平手打ち一回で許してくれて‥‥

「一番のお礼ならディンさんに言いなさいよね?!急な連絡にすぐ対応してくれて、あんたを見つけてくれたんだからぁ!ほんとに、本当にっ!あんたは馬鹿なんだからぁ!!」

波瑠はまだ泣きながら、がばっーーと、ヒロを抱き締めて言った。

ーー皆のこんなにも優しい姿を見て、ヒロはますます思う。
いつまでも、このままではいられない‥‥と。

◆◆◆◆◆

カイア達が晩御飯の準備をしてくれている間に、わざわざ教会まで送ってくれたディンにヒロは礼を言っていた。

「もういいですって。僕は自分で引き受けただけですし、目の前で女の子に泣かれたら凄く困るんですけど‥‥」
「でも、出会って間もないのにディンさんには些細な手助けばかりしてもらってるし、今回も‥‥」

シハル達への罪悪感から溢れ出てくる涙を拭いながらヒロが言えば、

「‥‥ヒロさんは、異端者を差別しないから。僕にとって、異端者の一人として、ヒロさんみたいな人間はとても貴重なんです」

そうディンは言う。

「でも、そんな理由で迷惑掛けっぱなしなんて‥‥」
「ヒロさん。もし、ここに居る、あなた達が助けた異端者に感情を与えられる術があったとしたら、どうします?」
「?」

急に話が飛んで、ましてやそんな質問をされてヒロは不思議そうにディンを見るが、

「‥‥そんな術があったら、素敵ですよね」

ぽつりと、困ったように答えた。

「もしその術がとても難しくて、成功する確率が低く、失敗するとその異端者は死ぬ。でも、成功した異端者は感情を手に入れられる。そうだとしたら?」
「失敗した異端者は死に、成功した異端者は感情を?そんな、運試しみたいなこと‥‥そんな術は嫌ですね」

ヒロはそう答え、

「そんなので、彼らの命を粗末になんか出来ない。それだったらこのままの暮らしの方がいい」
「‥‥ですよね」

続いたヒロの言葉に、ディンは少しだけ寂しそうに言って、

「今のが、ジルク様が異端者に対し抱えている問題なんです」
「え?」
「ヒロさんが彼に何を言われたかは知りませんが、大体予想はできる。ジルク様は多くの異端者の命を扱っているんです。たった一人で」

それを聞いたヒロは思い出す。
異端者はジルクにとって'重荷'だと言う話を。

「待って下さい!?今の話‥‥異端者に感情を与える術は本当にあるんですか?!そしてそれが難しい術だというのも‥‥」
「ええ。事実です。現に僕も、その術の、前王の実験対象の一人だったんですから」
「!!」

ディンが打ち明けた事実をヒロは何からどう頭の中で整理したらいいかわからず、

「あなたは、成功した?」
「大方、成功作です。歪故に、欠落しているモノもある。でも普通の異端者よりは人に近い異端者です」
「‥‥一体、なぜそんな術が‥‥なぜ、前王やジルク様が‥‥?」

考えるヒロに、

「それは僕が答えるより、ジルク様本人に聞いた方がいいかもしれません。ヒロさんが本当にジルク様を大切に思っていて、彼を助けていきたいなら‥‥異端者達を救いたいのなら」

言われて、ヒロは唇を噛み締めて頷き、

「‥‥ディンさん、話しにくいことをありがとう。それからすみません。そんな術、嫌だと言ってしまって。それは、ディンさんを否定するみたいでしたよね」

それにディンは首を横に振るが、

「成功作とか、まるで本当に実験体みたいな言い方だけど、以前に言ったようにディンさんはディンさん。リーネのことが大好きなディンさんですよ」
「ふふ。簡単な説明ですね。でも、そう言ってくれて、ありがとう」

◆◆◆◆◆

夕食を終え、ジルクと何があったのかを結局ヒロは話さなかった。
時間も遅いことだし、ディンは泊まっていくようにとカイアに促され、

「俺の部屋、空いてるベッドあるし、同い歳同士いろいろ話そうよ、ディンさん」

なんてノリでシハルが言って。
ディンは断るに断れず、泊まって行くことになった。


「じゃあ話でもしようか。実は同年代と話すなんて久しぶりで」
「はぁ」

普段の様子とまるで違うシハルにディンは肩を竦める。同じ歳だから気楽なのだろうか。

「ディンさんってヒロさんのこと好きだよね?」
「はい。‥‥え?」
「やっぱり!そんな感じがしたんだよね。今回もすぐに動いてくれたし」

いきなりの質問をされ、話が勝手に進んでいき、

「でもヒロさんは非常に鈍感な上にジルク様が好きだから大変だよね。カイアも苦労しててさ」
「あの、シハルさん」
「ん?」
「話ってそういう‥‥」
「ああ、恋ばなトーク!」

なんて、笑顔で言うシハルに、ディンはうんざりするような気持ちになる。

「シハルさんと波瑠さんは恋人なんですよね。結婚とかしないんですか?」

とりあえず、話を逸らそうとそう聞けば、シハルは急に真面目な表情をして、

「俺はヒロさんがもっと大人になって、一人立ちするまで見守るつもりなんだ。ヒロさんは俺から見たらまだまだ子供だし、異端者を助けるのは危険が伴うから。それに、俺に波瑠さんを幸せにする資格はない」

ディンはシハルが何を言っているのかわからなかった。
そんな様子のディンにシハルは笑い掛け、自分の生い立ちと、記憶障害の話を始める。


「‥‥なるほど。じゃあ貴方と波瑠さんは嘘の恋人関係ーーって、待って下さい。貴方は記憶障害‥‥記憶が欠落してるんですよね?なのになぜ、嘘の恋人関係だと?」

それにシハルはまた笑みを浮かべ、

「記憶は全部、戻ってるんだ。二年ほど前に」

そう、悪気もなく言った。

「え。なら何故、その事を‥‥」
「言い出しにくくてね。ヒロさんとカイアは俺の記憶を配慮して話をしてくるし、波瑠さんの好意も申し訳なくて。このままでいいかな、とさえ、最近は思えてくるんだ」

シハルはそう言い、

「記憶が戻ったなんて言ったら、きっと皆、喜んでくれる。でも波瑠さんは複雑だと思う。俺は嘘の中でいつしか波瑠さんを好きになった。でも未だ失った妻も大切で‥‥波瑠さんは俺に妻が居たこと、ましてや子供を授かっていたなんてことすら知らない。今更それを言って、それでも波瑠さんが好きだ、なんて言っても、彼女を不安がらせるだけだろう」

ならこのまま嘘を本物にしていく方がいい、記憶障害という嘘を抱えたまま‥‥
そうシハルは言って、

「皆に、言わないでね」
「言いませんけど、なぜ僕にそんな大事な話を?」
「特別な理由はないよ。強いて言えば、ディンさんの生い立ちを聞いてしまったお詫びかな」

それにディンはなんのことだ?と思ったが、

「シハルさん。まさかさっき僕がヒロさんと話してたの‥‥」
「うんごめん。盗み聞きするつもりはなかったんだけどね」

それにディンはため息を吐いた。
シハルは困ったように笑い、

「でも、君が異端者であれなんであれ‥‥ヒロさんを大事に思ってくれていること。今回の件で知れて、良かった‥‥俺も、彼女のことが好きだったから」
「‥‥」

その言葉に、ディンは目を丸くする。

「‥‥ヒロさんもそうだったみたいで。でも、今更だ。記憶障害になったあの日に、もう、終わった話だから。だから俺は、ただ彼女を見守る。彼女が一人で、生きていけるようになるまで‥‥例えば、誰かが、俺じゃない誰かが、彼女を支えてくれるようになるまで‥‥」

シハルの真剣な眼差しがディンの目を捉えた。
それは少しだけ、辛そうな目をしていて‥‥

「それで、いいんですか?今ならまだ、全て話して間に合‥‥」
「ディンさんは優しいね。さあ、もう遅いし休もうか」
「‥‥」

ディンの言葉を遮り、シハルは寝支度を始めてしまった為、互いにそれ以上、何も言わなかった。


ー29ー

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