頂きもの | ナノ








「この身が刻みし紅き鼓動が消えゆくその日まで―――」



凛とした声が響く広いホール。集まった多くの貴族たちが見つめている中、四大公爵家が一つ、ナイトレイの嫡男エリオットの成人の儀が執り行われていた。

いくら陰でどう後ろ指をさされようと、表向きは四大公爵家の儀式とあって、末端の貴族までがお祝いの挨拶のため駆けつけている。誓いの言葉には雑念が混じらぬよう、心を込めて口にしているエリオットだが、背後に控える多くの視線に他意があることなど考えるより明らかであった。



儀式は滞りなく進み、エリオットの成人を祝うパーティーが盛大に始まる。



次から次へと挨拶にやってくる貴族たちを当主である父とともに相手にして既に一時間は経つ。それでも一向に途絶える様子のない、マニュアル通りの挨拶にエリオットはいい加減に辟易していた。



今後のために名前は知っておいた方がいいらしい貴族について、事前に兄から情報を得ていたエリオットは、そのリストに挙がっていた貴族に大方挨拶を済ませたのを自分のなかで確認すると、そっと父に体調の悪化を伝えた。



「…長い儀式で疲れたか。少し休んでくるといい」



小言を言われるのは覚悟していたが、思いがけずあっさりと父からは一時退席の許可がおりた。嘘をついた罪悪感を感じながらも、少し休息をとったら戻る旨を伝え、静かにパーティーが行われている大ホールをあとにする。



ホールの外にいた貴族たちがエリオットの姿に気付いて慌てて会話をやめたり、動揺した表情でごきげんようと声をかけてくるのを、表面に出さないよう内心で大きく舌打ちをしてやり過ごす。悲しいことに、こういう時の対処法だけは年を重ねるごとに上手くなっていた。





ささくれ立った心を抱えながら、自然と歩調を速めて辿り着いた目的の扉を開ける。





「あれー、エリオット。早かったね。もう終わったの?」



控室のソファに深く腰掛けて読書に勤しんでいるのは、他でもないエリオットの従者リーオである。扉を一枚挟んだだけで、まるで違う空気感にエリオットは大きく脱力し、肩の力とともに溜息もおとした。



「判った。挨拶回りに疲れて逃げてきたんだ」

「うるせーよ」



物知り顔で笑うリーオに、まさしくその通りなのだが反発してしまう。リーオの正面に置かれたもう一つのソファにどかっと腰を下ろすと、恐らくお見通しなのであろう従者は空気を揺らすように笑った。



それ以上なにも言わずに紅茶を淹れ始めるリーオは、主の成人の儀であるにも関わらず儀式には参加していなかった。エリオットは頑として立会人をリーオにやらせようとしたのだが、家族とリーオ自身によって反対され、結果としてリーオは会場にすら顔を出さず控室で過ごすことになったのだ。

もともと華やかで人の多く集まる場所が苦手なリーオの思いと、四大公爵家の嫡男の従者が孤児であることを公表させたくない家族の思惑。

どちらのことを納得させられず、顔と名前が一致する程度のものを「友」と呼んで誓いを立ててしまったことにも、エリオットはすっきりしない気持ちを抱えていた。



「はい、これ飲んで一休みしたら、もう一回がんばってきてね」



静かに置かれた紅茶からはエリオットが好む茶葉の薫りがする。正しくエリオットに合わせて淹れられた紅茶を含むと、それだけで気が晴れていくような感覚を覚えた。

さきほどとは違う溜息が柔らかく零れるのを、リーオが穏やかな眼で見つめていた。



言葉もなく視線を交わすと、堰止めていた思いが意図せず溢れ出る。





「…やっぱり、立会人はおまえがやれば良かったのに…」



我がままをいう子供のような言葉にリーオは、まだ言ってるのと小さく吹き出した。



「それについてはもう話し合って終わったことでしょ。いつまでもグチグチ言ってるのは格好悪いよ、エリオット」

「グチグチなんて言ってねーだろうが。だけどやっぱり俺の、友っていうのは、お前、だし」

「えー嫌だよー。僕あんな人前にでるのとか絶対やだ」



思わず言ってしまった友という言葉に内心エリオットは動揺するが、リーオは顔色も変えずに会話を続けていることに別の疲労がたまっていく。どうにもリーオとの関係は、エリオットの一方通行が多い気がしてならない。



(それも今さら、なんだけどな)



リーオが素直にエリオットの願いを聞いてくれる日がこの先来るのだろうかと思いを馳せたところでようやく気付く。



(いま、否定したか?)



友であると、エリオットが口走った言葉に、リーオは否とは言わなかった。

それまでの彼ならば、キモいキモい、と一蹴してきそうなものなのに。



思い返せば出会ってから今まで、リーオからはかなり酷い扱いを受けてきたエリオット。初対面は言わずもがな。足繁く通ってもヒマなのの一言、曲をやるといえばキモいと言われ、従者になれと言えば超ヤダときた。



(俺、がんばったな…)



数々の暴言に涙が浮かぶ、ことはなく。





「…エリオット、どうしたの」





訝しげに問うリーオの目には、緩む口元を手で隠すエリオットの姿が映っている。



主従というよりも、初めから友人という関係のほうが2人を表す言葉としてはしっくり来ていた。だが改まってリーオに、2人の関係をどう表現するのが適しているかなど聞いたことはなく、エリオットが一方的に感じていた友情が、もしかしたらリーオにとっては厭くまで主従のものだったらと考えなかった訳ではない。

友人というのに、どういう経緯でなるのかなど経験値の低いエリオットには判らなかったのだ。



しかし、どうやらこの想いは一方的なものではなかったらしい。





「おまえ、俺の事ちゃんと友人だと思ってたんだな」





まるで勝ち誇ったような気分でリーオに告げると、察しの良い彼は先ほどの会話を思い出したらしく瞬時に顔に熱を集めた。慌てて言い繕おうと「あれは、」と言いかけるが、やたらと嬉しそうなエリオットの表情を見て、その口も閉じられる。



小さく、うるさいな、と呟いた声にエリオットは一層笑った。











「この身が刻みし紅き鼓動が消えゆくその日まで、ナイトレイの名と誇りを守り続けていくことを、私は今この地と、我が友に誓う」





もう一度、己の納得する形で誓いを立てたいというエリオットの願いは叶えられる。



儀式のためのホールではない。見守る家族も、他の貴族もいない、2人だけの部屋。

聞き届けてくれる唯一の友と手をとって、誓いの言葉に真心をこめて口にする。





閉じていた目を開けると、穏やかな微笑を浮かべたリーオがひとつ頷いた。





「きっと、君の誓いは果たされるよ」





成人おめでとう、リーオがゆっくりと紡いだ言葉に今頃になって成人の儀を迎えたことの意味を実感したエリオットはほとんど無意識にリーオを抱きしめていた。



いま、自分はこの唯一の友に、誓いをたてたのだ。



リーオがくれた祝福の言葉を偽りにしないように、今一度つよく誓いを胸に刻む。







直接伝わってくるリーオの心音。



それがまるで、未来をつげる時計の音のようだった。











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ユウハさんに誕生日プレゼントとして頂きました!!正確にはおねだり&強奪したんですけど(笑)本当素敵なエリリオ文でまじなにこれ本当可愛い、文才が半端じゃないです…!ユウハさん本当にありがとうございました私は幸せだ!!!!


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