頂きもの | ナノ








まるで世界中のぬくもりを集めてきたようなこの幸せに、感謝します。




珍しいこともあるものだと、その光景を見てリーオはそう最初に思った。


「あれー、エリオット寝てるじゃん。珍しいね」


リーオの肩越しに、同じような感想を潜めた声で呟いたのはオズ。
今日は休みを利用してエリオットとリーオの2人がベザリウスの屋敷を訪ねてきていた。初めこそ、長い因縁をもつベザリウス邸にナイトレイ嫡男である自分が行くわけには、と難色を示していたエリオットも、従者であるリーオのベザリウスの蔵書も見てみたいという声(と何ダダ捏ねてるのさ、という鉄拳)に後押しされ、今ではここを訪れた回数はすでに片手では足りなくなっている。
口喧嘩は彼らのコミュニケーションの一つであるからいつもの事としても、両者の関係は出逢った頃のぎこちなさを失って久しかった。

その証拠ともいうように、客間で1人待っていたエリオットは上質なソファに体を沈めて寝息を立てていた。
リーオとオズが連れだって厨房に行き、そのまま少し話に花が咲いている間に眠ってしまったようだ。扉を開けコソコソ話をする2人にも気付いて目を覚ます様子はない。
公爵家の人間としての誇りと自覚を常に意識しているエリオットにしては珍しい無防備な姿に、レアだ!と小声のままオズは盛り上がっている。

(ほんと、珍しい)

表情にこそ出さないが、従者としていつも傍にいるリーオは実際オズよりも目の前の光景に驚いている。
居眠りなど恥だという性格と、慣れている場所でなければ眠れないという性質のためリーオですら彼のこんな姿はあまり見ない。
ナイトレイ邸とその別荘、寮の自室、フィアナの家。
そこでしかエリオットの寝顔を見た事が、決して浅くはない付き合いの中でもなかった。


物音にも目を覚まさず、一定のリズムで呼吸している穏やかな表情に自然とリーオの表情も綻んでいく。
主に安らげる場所が増えるのは、喜ばしい事だった。


「リーオ、俺ちょっとギルに頼みたいことがあったんだ、すこし席外してもかまわないかな?」


唐突に隣りのオズがそう切り出し、申し訳なさそうに顔の前で手を合わせている。


「もちろん。構わないよ。こっちこそ、あんな風に寝ちゃっててごめんね」


それこそ全然構わないよ!と笑ったオズはそのまま彼の従者がいるであろう方へ走って行った。
扉に手をかけたままだったリーオはゆっくりと音をたてないようにそれを閉め、貴重な光景を壊さないよう細心の注意を払いながらエリオットが座るソファに近づく。
顔を覗き込むように膝を折り、改めて眠る主を見つめるリーオ。

眉間の皺もいまはなく、すこし幼くも見える表情に込み上げてくる想いを感じた。

いつだってこんな風に穏やかに過ごしていてほしい。
エリオットは熱血で少しうざったい程に正義感に溢れていて、だからこそ誰かと衝突することも多い。
自分に確固とした誇りを持っているから、反する人間がいると全力でぶつかってしまうこともある(オズとの出逢いがそうだった)。
でもエリオットの本質を、リーオは誰よりも理解している。
本当はとても優しい顔で笑う人なのだと、知っている。

自分だけに見せてくれる表情というのも確かに嬉しいものだが、それ以上にリーオは多くの人にそのことを知ってほしいと思っていた。
エリオット・ナイトレイは情が深い、愛することをちゃんと知っている人なのだと彼を誤解する人に知ってほしい。

(いつも、今みたいに穏やかな表情をしていれば、もっとみんなが君を好きになるのに)

でもそんなエリオットは確かに偽物かもしれない。
1人で考えを巡らせ、知らず笑ってしまう。と、目の前の主が僅かに身じろいだあと、ゆっくりとその目を開けた。

状況が判らないのだろう、とりあえず視界に入ったリーオを寝惚け眼で見つめ瞬きを繰り返す様子に、リーオはまた彼らしくない愛らしさを感じる。
それから周囲を見回し、ようやくここがベザリウス邸で、自分が居眠りをしていたことに思考が追いついたらしいことが羞恥を隠す仕草から読み取れた。
一部始終を黙って見守る従者に、改めて視線を合わせたエリオット。


「なに見てんだよ」

「珍しい君の寝顔をちゃんと目に焼き付けておこうと思って」

「…寝顔なんていつも見てんだろうが」

「こういうシチュエーションが珍しいんじゃない」


にこにこにこにこ、膝をついたまま自分を見上げ非常に嬉しそうな顔をされても、エリオットにはどうしていいか判らない。
とりあえず寝顔を凝視されていたことは確実で、顔に熱が集まっていくのを感じる。
オズは、と片手で顔を隠しながら聞くと、ギルバート様に用があるって行っちゃったよ、と尚も笑顔で答えが返ってくる。
ここにオズがいたら立ち直れなかっただろうな、と心中で安堵したエリオットはいまだに絨毯に膝をついているリーオの腕を引き上げる。
さして抵抗もなく隣りに落ち着いたリーオは、おもむろにエリオットに手を伸ばす。この際自由にさせていたリーオの指は、真っ直ぐエリオットの眉間を突いた。


「また皺。せっかく無くなってたのに」


皺って何だ、また訳の判らないことを、と眠気が残る頭では従者の言葉を解読することも出来ず、ただエリオットは眉間をつく指を離させるに留まる。
隣りのリーオと向き合うように、ソファの背もたれに寄りかかるとリーオも同じように体を向けてきた。


「なんでそんな楽しそうなんだよ…」


判り易く笑顔のリーオに疲労すら感じているエリオット。握りこんだ指を自分から絡ませてくる辺り、相当気分が良いのだろう。
勿論、招かれた身で居眠りをするという失態を諫められるよりはマシではあるが、何が彼をそんなに笑顔にさせているのかが判らないのだからもやもやする。
眠気の煩わしさも加わり段々と苛立ちが募りそうになったとき。

リーオの掌が、エリオットの頬を包んだ。


「君が落ち着ける場所が増えたことが、嬉しいんだよ」


本当に嬉しそうな笑顔でそう告げられて、エリオットは危うく泣きそうになった。
エリオットは、自分がどこでもリラックスして過ごせる性質ではないとしっかり自覚している。
外はいつでも誰かの視線を意識し、これ以上ナイトレイの評判を下げないよう自分なりに気を張ってきた。
つねに背筋を伸ばし真っ直ぐ前を見据えていなければいけない、そう言い聞かせてきた分、重圧も感じていた。
リーオという存在のおかげでここ数年は随分と楽になったが、確かに自分の眉間の皺はもう深く刻まれてしまっている。

(そうか…居眠りなんて、久しぶりだったな)

頬をゆっくりと撫でる優しい体温に、ひどく安心した。自分のそんな些細なことを、こんなにも喜んでくれる存在がいる。
なにか言いたいが、上手い言葉が見つからないでいると徐にリーオが口を開く。


「それに、エリオットがあんまり可愛かったから」


寝起きの君って、いつも仕草が子供みたいなんだよー、という口調にからかいの色はなく本心から言っているのが判る。
今度こそ言葉を失い、耳まで赤く染まっていくが、それに気付いているのかいないのか、リーオは君の寝顔をみんなに見せればみんな君を好きになるよと力説していた。


「そんなこと絶対にできるかぁ!」


怒鳴るエリオットが滑らかに言葉を発するリーオの口を塞ごうと掴みかかると、次は新たに刻まれた眉間の皺を伸ばそうとリーオがエリオットの顔に手を伸ばす。

何でだよあんなに可愛いのに起きた途端に全然可愛くない!可愛いって言うんじゃねぇよ、可愛くなくて結構だ!寝顔は天使って良い言葉だよね、君にピッタリだ!それはおまえのがピッタリだろうが本当に寝てるときは…

意味のない掴み合いの果て、2人そろってソファから転げ落ちる。
衝撃に一瞬沈黙すると、自分たちの言った事に今さらながら照れる2人。


「…恥ずかしい人だね、エリオットって。知ってたけど」

「いやいや、どう考えても今日はおまえだろ」


一頻り言い合ったところでソファに戻ろうとエリオットがリーオの腕を取って立ち上がらせる。
だが掴んだ腕をなかなか離さない主に少々訝しんだリーオが視線を上げると、頬を掻きながら視線を外された。
それは、言いたいことがあるが中々言いだせないときのエリオットのサイン。
性格上彼が言い淀むのは珍しく、そのほとんどが自分に向けたある種の言葉なのはリーオにはお見通しだ。


言葉でちゃんと伝えてほしいのは本音だが、今日はなんだかエリオットを甘やかしたい気分。

まだ言いだせないでいるエリオットの額に、背伸びをしてキスをした。


「…、…おまえなぁ……」


珍しすぎる従者の行動に、今日何度目かの衝撃を受ける主。
しかしやはり楽しそうなその笑顔に、これ以上の言及はやめにする。

帰ったら覚えておけよ。

主導権を握られたままな気がして、それだけ心の中で呟いた。


帰ったら。
安らげる場所はいつだって隣りにあるのだと、ちゃんと伝えよう。




それまではもう一度ふたり手を繋いで。












■―――――――――――
ユウハ様から相互記念に頂きました…!すご、く、可愛い…!なにこの主従……!!でもそうだよね、互いのそばが一番安心出来るよねああ可愛い…!ユウハ様、ありがとう!ございました!!
(ちなみにこの様子をオズとギルがドアの隙間から顔を真っ赤にしながら見ているという裏設定があるそうですw)


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