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グラスランドとハルモニア、そしてデュナン国の境に位置する街、カレリア。岩山の麓に位置するこの場所は陸路を経由する旅人や貿易商の休憩所として多くの人が利用する。それゆえに貿易が盛んに行われることでも有名だ。
喧噪の中、男はある露天の前でぴたりと動きを止めた。長身のすらりとした、けれど男性的な体躯、そのラインに沿う白いコートを身に纏っている。暗赤色の髪の下から覗く翠の瞳や、理知的で少し憂いを帯びた風貌は周りが放っておかないだろう美丈夫だ。その男が卓上に並べられた数々の品の中の一つを凝視していたかと思うと、なにか深刻な問題でも発見したように顎に手を当て真剣な顔で俯いた。そしてハッとしたように品物を手に取ると

「これを」

と、よく通る低音を短く発した。露天の番をしていた少女は頬を赤く染め100ポッチですと応えた。
金を払い終え、今し方手に入れた品物を手に颯爽と街を歩くその姿。それは多くの人の目を釘付けにしたのだった。
…………色んな意味で。


→[兄が閃いた]




「セラ。」

グラスランドのどこかには隠されたシンダルの遺跡があるらしい。
過去の文献の記録、各地に伝わる伝承からその可能性は限りなく真実に基づくものであると推察された。主であるルックもそう言っていたし、疑いの余地はないだろう。我々は今、儀式の地と呼ばれる遺跡を探すために、グラスランドへと赴いている。もうじき始まる戦のことを考えれば視察も行うことが出来ているので時間を無駄にしているとは思わない。
そういう事情もあり、今日の休息場所としてカレリアの宿をとっていた。

「アルベルト、戻っていたのですね。外の様子はどうでしたか?」

自分の声にちょうど自室に戻ろうとしていた銀髪の少女がゆったりと顔だけで振り返る。

「特にこれといって変わった話もなかった。あとはさすが交易の盛んな街だけあって騒がしいといったところか。」

そうですか、とセラが相槌をうち、それで、とこちらに向き直る。

「私になにか用があったのでは?」
「…ああ、個人的な頼みがある。」
「個人的な…?珍しいですね。」

確かに近年個人的なお願いなぞした記憶がないと気がつく。たいていのことは他人に頼むよりも自分でやった方が早いし、頼むことといえば仕事上で必要な手続きや伝令くらいだ。

「構わないか?」
「そうですね…たいしたことでなければですが。」

基本的にセラは表面上どう振る舞おうとも、心根の優しい少女だ。頼みごとも無茶や横暴なことでない限り断ることはしないだろう。
ふと、彼女の目が自分の手に握られているものにとまる。

「…………それは?」

視線はそのままに尋ねられる。

「ああ、露天で売っていた。」
「まさか、あなたが買ったのですか?」
「そうだが、何かおかしな点でも?」
「…いえ」

口からでたのは否定の言葉だが、表情をみる限りそう思っていないのは間違いない。しかし、時には自分の行動が奇異に映るであろうとも、やらねばならないことがある。

「早速だが、まずは私の部屋まで来てくれ。」

そういってセラを宿屋の一室へと招き入れた。



**
アルベルトについて部屋に入る。その間も、どうしても彼の手元にあるものから目が離せなかった。感情らしいものを顔に浮かべることすらあまりなく、時には人の心すらないのではないかと称される彼に、あまりにも似つかわしくないそれ。
部屋に入ると、アルベルトは部屋に備え付けてあった背もたれつきの円椅子の上にそれを置き、こちらにコートの内側から一枚の写真を取り出し、手渡した。

「これは…」

写真に写るその人物は跳ね放題の明るい赤毛を手でくしゃりと掴んでいる。翠の瞳はいまにも閉じそうで、気怠げだ。

「私の弟だ。」

アルベルトがそう言った。確かにいわれてみれば少し似ている気もする。しかし、なぜそんなものを私に手渡したのだろう。

「それで、君に頼みたい事なんだが、幻術であれをそれにみえるようにしてくれないか。」

指を指す先をみると椅子の上に先ほど乗せたばかりの可愛らしい……
……テディベア。
頭二つ分の大きさのそれはふわふわとした赤茶の毛並みに覆われ、真っ黒な瞳でこちらをみつめている。
指を指す本人の顔と、テディベアの顔を交互にみる。どちらの表情にも変化はみられない。言われた言葉を反芻する。

「あの……つまり、テディベアをあなたの弟にみえるようにすればいいわけですか?」

彼は真顔で頷いた。どうやらふざけているわけではないらしい。この男が自分から頼み事と称して、こんな訳の分からない冗談につき合わせようとするようにも思えない。

「……いいでしょう。」

何がしたいのかはわからないが、特になにか問題があるわけでもないのだから、それで満足するならやっても良いかと思い、魔法を行使する。
ゆら、と空気が揺らいだのち、一瞬にしてテディベアが写真の人物の姿に変わった。顔と体型を似せてあるだけではあるが、常人がみるぶんには人間との区別はつくまい。
チラと男を見やる。
元テディベアのそれに視線を合わせてはいるが、表情はまるで動かない。顎に手をあて、男が尋ねる。

「…これは触れることができるのか?」
「?出来ますよ、感覚だけですが。」

そうか、と呟くと静かに椅子へと近づいた。
しばらく凝視。
腰を折ったと思うと、男は……………それを抱きしめていた。
何故。

「あ、あの、アルベルト?」
「これの、写真は撮れるだろうか。」
「あの、…え?」
「これは幻術なのだろう?ならば写真は撮れないのだろうか。」

椅子の上のそれを抱きすくめたままの姿勢で背中越しに訪ねられる。

「さ、さぁ…試したことはありませんが……」

「ふむ、ならばダメでもともと…試してみるか。」

言うがはやいかコートのポケットからカメラを取り出し写真を撮りはじめた。それもあらゆる角度から。正面、上、下、右、左、斜め右下………
はたして、自分の目の前で写真を取り始めた人物があの冷静沈着無慈悲と噂されるアルベルト・シルバーバーグその人なのか疑問に思えてきた。無表情でシャッターを切り続けているその姿は、正直、なんだか怖い。そしてそのカメラは一体いつから持っていたのだろう…まさか、ずっと持ち歩いていたのだろうか?

「セラ、服だけこれに変えてくれないか。」

なんだかよくわからない事態に理解出来ず呆然としているところに声をかけられる。
手渡される写真。

「これは、あの、アルベ」
「頼む。」
「……………」



その後、帰ってこないセラを心配したルックに発見されるまで写真撮影会は続いた。
ルックが発見したとき、そこにはただ立ち尽くすセラと、無表情のまま驚くほどの速さで写真を撮りまくる軍師と、いすの上に座るメイド服姿の少年がいたとかいないとか。










■―――――――――――
グダグダでおわる。
幻水の世界にカメラなんてあるのかとか、カレリアで何故テディベアとか色々だいぶ謎なんですけど、ただちょっと気持ちの悪い兄が書きたかっただけなんです。



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