『起きな、エルザ。来客だよ』

前日の床入れで疲れていたエルザは午前9時過ぎまで眠りに落ちていたが、部屋に備え付けの連絡用の筒によって、女将から起こされた。
女将の部屋にはそれぞれの部屋の遊女とすぐ話せるように、いくつもの連絡用の筒が備え付けられている。

「…客?」
『ルーシィだ』
「ルーシィ!?」

それから10分後。
花魁の衣装からほど遠い、普通の着物を着たエルザはロビーで芸妓であり幼馴染でもあるルーシィと対面していた。

「エルザ。久しぶり」
「久しぶりだな。急にどうしたんだ?」
「うん…ちょっと、エルザと話したくなっちゃって…女将さん、エルザと町に行っちゃだめですか?」
「…あまり遅くならないようにね。それと二人ともその髪色じゃ目立ちすぎる。カツラを被って行きな」

町中はエルザが生まれ育った村と違っていろいろな髪色のものがいたが、それでもエルザのような緋色の髪は珍しいし、ルーシィのような艶やかな金髪もなかなかいない。

女将の許可を得た二人はカツラを被ると町へと繰り出す。

「どこに行くんだ?」
「こっちよ」

ルーシィに手を引かれ、入った建物は旅館の一室。
部屋にはもうすでに団子と淹れたてのお茶が準備されていた。

「この団子おいしいでしょ〜。町で最近評判のお菓子なのよ」
「うむ。うまいな」

団子をもぐもぐと頬張りながらもエルザは内心首を傾げていた。
この団子を食べたいだけなら、わざわざ旅館の一室を予約する必要などない。普通に甘味屋に行けばいいだけの話だ。

「ルーシィ…何か話したいことでもあるのか?」

恐らく、人に聞かれたくない類の相談事があるのだろうと見当をつけたエルザが口火を切る。

それに対し、ルーシィは一瞬顔を赤くしたのち、話し出した。

「あ、あのさ…エルザって花魁になってどのくらいだっけ?」
「え〜と15で水揚げしたから…約1年半だな」

水揚げとは遊女になって初めて客を取ることを言う。
水揚げの相手に選ばれるのは、たいてい遊女の扱いに長けた、上客だ。

「その…聞きにくいんだけど…水揚げも含めて、床入れって何人くらいとしたの?」
「1人…いや、2人だな」

昨夜のことを思い出したエルザが数を訂正する。

「1年半で2人…!本当に売れっ子なのね。エルザ」

ルーシィが感嘆したように溜息を吐く。遊女の中でも一晩に何人も客を取るもの、最低でも1人は取るものも少なくない。
実際客の選り好みが通るほどの遊女は数少ないのだ。

「まあ、女将さんも結構気を使ってくれたしな。それにしてもおかしなことを聞くな。おまえに床入れなど関係ないだろう」

ルーシィは芸は売るが、身体は売らないと云われている芸妓である。

「うん、まあ、関係ないんだけどさ。たまに考えるのよね。もし、あの時、父さんが遊廓の方に売っていたら、どうなってたんだろうって」

ルーシィが遠い目をする。ルーシィは父親の商売の失敗で売られてきた子供だった。
だが、父親が売るときに「必ず商売を成功させて娘を迎えにくるから、だから遊女ではなく、芸妓にしてくれ」と女将に頭を下げた。
そのため、ルーシィは遊郭でなく置屋におかれ、厳しい芸事の道を進むことになる。

わかりきった話だが、娘を売る際に最も高く売れるのは遊郭だ。その方が、親に払う金も大きい。
それでも、ルーシィの父が置屋においてほしいと頼んだのは愛情だったのだろう。
ルーシィ自身もいつか父が迎えにきてくれることを信じて、厳しい練習に耐え続けてきた。

「ルーシィ、最近すごいらしいな。もうすぐ、この町一番の芸妓が誕生すると言われているぞ」
「そう?まだ全然だと思うけどな。エルザは?お座敷で舞踊とか歌とか三味線とか披露するときないの?」
「客の要望次第では歌ったり、踊ったりする」

遊女のエルザであるが、一流の花魁になるために、芸事も習わされている。
ルーシィとはその習い事で知り合った。

「なんか、懐かしいね」
「ああ。だが――」

エルザがそこで悪戯ぽい瞳になると、ルーシィへ核心を突く質問をする。

「懐かしい昔話をするために、わざわざ来たわけじゃないだろ。なにか、早急に聞きたいことがあったんじゃないか?」
「……敵わないなあ。エルザには」

一瞬、身体を硬直させた後、観念したのか、ルーシィは話し出した。






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