「うわ〜。花魁道中だ」
「別嬪さんだなあ」

町の中では花魁がお供をつれて道を歩いていた。
綺麗に着飾り町中を歩くその姿は優雅で美しい。見物する町娘からも溜息が漏れる。

「あの着物素敵ね」
「緋色の髪にもあってるわ」
「髪につけてる簪もすてき。どこの店のかしら」

そんな、噂話が聞こえてきたお供の一人が、花魁に耳打ちする。

「スカーレット様。今回の花魁道中も大成功ですね」

それに『スカーレット』と呼ばれた緋色の髪の花魁も頷く。

花魁道中とは、単に町を着飾り、歩くだけではない。少なくとも彼女の場合は。

花魁道中を終え、遊郭に戻ると、すぐさま女将に呼ばれる。

「失礼します」

声をかけ、襖をあけると、女将はすでに正座して待っていた。

「今回はどうだったんだい?」
「着物や簪に興味を持ってもらえたので、成功かと」

今回の花魁道中で使用した着物は呉服屋の主人から、簪は小間物屋の若旦那からの贈り物だ。
次回の花魁道中はこれをつけて行ってほしいという依頼も込みで。

高級遊郭、その中でも最上位の花魁は簡単に客と床入れはしない。そんなことは店も花魁自身も許さない。
では、床入れもできないのに、なぜ客は花魁に大金をつぎ込むのか、その理由の一つはこれだ。

花魁道中で使用したあらゆる装飾品はその後飛ぶように売れる。
足繁く通い、自分の店の商品を身につけてもらう。それが、豪商たちの利益にも繋がる。

「あの、鶏がらのような小娘がこんな立派な花魁になるとは予想できなかったねえ。エルザ」
「今はスカーレットでございます」
「そんな源氏名はいいじゃないか。仕事前なんだし」

 スカーレット ″

緋色を意味するこの名が彼女――エルザの源氏名だ。
痩せた薄汚れた子供はこの10年の間に見違えるように成長した。

最初の1年は下働きだった。2年目に入る頃に読み書き、そろばんを教わった。
それらを覚えると、先輩花魁のお付きになり、三味線、舞踊、歌、政治、経済に至るまで何でも勉強した。
厳しい修行に途中で脱落していくものも少なくなかったが、エルザは歯を食いしばって頑張った。
ここで、脱落したら、際限なく堕ちていくだけなのがわかっていたからだ。

そして、厳しい修行を終えた結果、この遊郭――妖精楼には歴代最高の花魁が誕生した。

「さて、今日の客なんだが、料理屋の頭領の息子が7時に見える。床入れをご希望だが、どうする?」

エルザが驚いたように目を見張る。

「珍しいですね。いつも飲んでいくだけでしたのに」
「なんでも、上客に料理を出してもてなす大役を任されたそうだ。ゲン担ぎに床入れをしたいんだと」

エルザはしばし考えた後、首を縦に振る。

「わかりました」
「いいのかい?気が乗らないなら断ってもいいよ。それにゲン担ぎで床入れをして、もし大役失敗したら、おまえの評判が落ちるかもしれない」

最上位の遊女には客を袖にする権利も与えられている。
そして、それを客も怒ることはない。そういうしきたりになっている。

「いえ。そんな大役前に来ていただけるのなら光栄なことです」
「その大役が成功してからでもいいんじゃないかねえ」

女将の言葉は最もだった。床入れの後に、もし浮ついたりして仕事を失敗しようものなら、その客は二度と訪れてくれなくなる。
だが、エルザはクスリと笑って言い放った。

「もし、大役が成功した後に床入れを許したら、人の成功に群がる強欲女とみられるでしょう。どれほど金がかかろうと、金だけで手に入れられる女に男性は興味を抱きません」
「…だから、あえて結果が分からないうちに床入れするってことかい」

女将が呆れたように言うのを聞きながら、エルザは部屋を後にした。





その夜――。

「今日はありがとう。まさか床入れを許されるなんて思わなかったよ」

茶色い髪を短く切った、精悍な顔の男性がエルザの髪をなでながらお礼を述べる。

「どうしてです?私はあなた様を尊敬していますのに」

事が終わった後、布団にゆったりとくるまれ、寄り添いながら二人は会話をしていた。

「なんかわからないけど自信がついたよ。これで次の仕事も頑張れる。ありがとう。スカーレット」
「成功をお祈りしてます」

エルザはそういうと、男性の額に軽く口づけ、着替えを始める。

「ねえ、こんなこというと無粋なのはわかってるけど、次来たとき床入れは――」
「女心は気まぐれで移ろいやすいものです」
「前から言ってるけど、僕に身請けされる気はない?」
「どうでしょう?あなた様を尊敬以上に好きになれば、落籍されるかもしれません」
「そうか。じゃあ、また来るよ。二度と床入れできないとしてもね」

同じく着替えた男を入口まで見送ると、エルザは浴槽で体を洗い、就寝した。






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