「その…芸妓にも、なんていうか旦那がついたりするでしょ」

ルーシィがいう『旦那』とは芸妓の生活全般から舞台のセッティングすべてを面倒見るスポンサーのような存在である。
もちろん、対価として面倒を見てもらう芸妓は愛人や妾のような存在になってしまうが。

「実は、この町のお偉いさんから、旦那になりたいという話があったそうなの」
「それで悩んでるのか?」
「うん…女将さんからも、こんないい条件なかなかないって言われたし」
「そんな考え込まなくてもいいんじゃないか。会ってみて不快じゃなかったら話を受けるとか」

旦那を持つかどうかの判断は個々の芸妓に任せられる。中には生涯旦那を持つことがなかった者も少なくない。

「…で、おまえはどう思ってるんだ?」
「先のことは不安だけど、やっぱり誰かの愛人になって面倒見てもらうのも抵抗があって…」
「それで、私に相談にきたのか…」
「うん。失礼かもしれないけど、たくさんの男の人見てるエルザならいいアドバイスもらえるかなと思って」
「まあ、私から言えるのは、何をおいても自分の意思を最優先にしろとしか」
「自分の意思?」
「誰かにそうした方がいいとか、その方が得だからとか、そんなことを考えて選ぶとあとあと後悔するぞ。ちゃんと自分の気持ちを一番に選ばないと。私だって床入れの時は誰がなんと言おうと自分の意見を優先させた」

誰かのためにとか、そんな言葉で自分を誤魔化して本意ではないことをしてしまうと、自分のためにならない。
エルザは今までの経験からそう自覚していた。だから、自分の『意志』で『決断』することが大事なのだと伝える。
 
エルザの言葉にルーシィは無言になると、しばらくしてぽつりと言った。

「私はやっぱりやだな…そういうことをするなら好きな人じゃないと」
「なら、そうしろ」

その言葉にルーシィはさっきまでの憂鬱そうな表情を輝くような笑顔に変えてエルザに質問する。

「ねえ?エルザは?」
「ん?私?」
「そう。床入れの時は自分の意思を優先させたっていうけど、エルザにとって床入れした相手って言うのはやっぱり特別なの?」
「う〜む。特別っていうのが何を指すのか…」
「じゃあさ。その人たちと床入れした理由って何?」
「理由…理由は……」

最初の水揚げの時は、女将から告げられた。ただし、相手は複数いる候補から自分で選んでいいと。
候補の相手全員と会い、吟味した結果、一番居心地がよくて、不快感のない相手を選んだ。それだけのことだ。

「じゃあ、二人目は?」
「それは――」

仕事が成功するかどうか、不安だからと会いにきた姿を、なんというか可愛いと思ったのだとエルザは言った。

「ねえ、じゃあ、絶対にその人じゃないといけない理由ってないの?」
「まあ、はっきり言ってしまえばないな。同じような客がいればまた床入れするかも」
「…その人たちは、エルザの特別な『好き』にはならないの?」
「その特別な『好き』がよくわからないのだが」
「だ〜か〜ら、この人と以外したくないっていうか、この人となら自分からしたいと思えるような人ってこと!」
「そういう意味なら、ないな」

あっさり言い放った後、脱力するルーシィに、エルザは思いついたことを聞く。

「ルーシィ…もしかして好きな男がいるのか?」
「え…?いや…その何で?」
「旦那の話をいい条件だと言いながら、断るのはそういうことかと思って」
「う、うん…実はね。ナツのこと…好きなんだ」
「え!?そうなのか!おまえらいつの間にそんなことに!」
「ち、違うってエルザ…。ナツには何も言ってないし、気づいてもいないし」

ナツとはルーシィ同様習い事で知り合った、この町の役人の息子である。
同じく、グレイという役人の息子とも習い事で親しくなり、4人は幼馴染といえる関係を築いてきた。

「そうか…おまえとナツが」
「いや、だから、私が好きなだけで、ナツがそうかはわからないんだけど」

うんうんと頷きながら、お茶をすするエルザにルーシィはジト目でツッコミを入れた。





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