カスミと別れて家に向かう途中、ルーシィは歩きながら思い出す。
『――あたしも強くなる。…好きなら、弱気じゃダメよね』
自分の気持ちを言葉にすると実感が湧くものだ。彼女に打ち明けて、前に進もうと決心できた。
家に着き、鞄を置きに行こうとして部屋へ入ると、窓際の棚の上に見覚えのある花が飾られてあった。
ハッとして、部屋から飛び出る。
「ママー!あのお花どうしたの!?」
「ん?お花?…ああそうだったわ、さっきエルザちゃんが家に来たのよ。ルーシィが好きそうだから良かったらって、いただいたの」
台所で野菜を切っていた手を止めて、母親が振り返った。キレイなお花よねーと付け加えて――
「エルザが…」
「あとで、お礼言いなさいね」
「うん」
パタパタと足音を鳴らしながら、電話が置いてある居間へ行くと、子機を部屋に持って着替えもせずにベッドへ座った。
ドラグニル家に電話をすると、お目当ての彼女が出る。
早速、ルーシィは目の前にある小花を見つめてお礼を言うと、エルザは嬉しそうに話し出した。
エルザが言うには――
昨日の帰りに、レビィちゃんがあたしと別れた後で、エルザと久しぶりに会ったそうだ。
そこであたしとナツの様子を聞き、元気のないあたしたちを気にしていたとのこと。
ナツは放っといても良いが、あたしのことは気になっていたようで――。
レビィも心配していたぞ、と小声で零す。
そんな時に、あたしが好きそうな桜色のお花を見付けたから、少しでも元気になってもらえたらと思い買ったんだ、とそう話してくれた。
事情を聞き、ルーシィは嬉しくて微笑む。電話越しで見せることはできないが、満面の笑顔で――
「エルザ…ホントありがとね!あたし、すっごく嬉しかった!」
実は、と切り出して、言葉を続ける。
「桜色のお花…お店の前で見掛けてね、気に入ったんだけど、ちょっと色々あって買いそびれちゃったの。だから、家に帰って見つけた時はあたし驚いたわ!」
『そうか、重ならなくてよかったな』
「ううん、もし同じものがあったとしても嬉しいよ!」
『そ、そうか…それなら良かった』
「エルザは昔からあたしが落ち込んでる時、不思議な力をくれる。…エルザがナツのお姉さんで良かった!えへへ」
『それは、大袈裟じゃないか?…でも、嬉しいぞ』
「ふふふ。エルザにも心配かけちゃったね。でもあたしね、…強くなるから!もう大丈夫」
『…あまり無理はするなよ、私はルーシィの姉のようなものだ。いつでも頼って良いんだぞ』
「うん、心強いよ!ありがと、エルザ」
二人には心配かけちゃったなと、心の中で謝り、目頭が熱くなった。
ルーシィは電話を切った後、悲しい涙ではなく嬉しさのあまり流した涙を指先で拭ったのだった。
――エルザ、レビィちゃん…ありがと。二人とも大好きよ。
あたし、がんばるからね。
決意してからルーシィは、何事にも諦めない精神で、立ち向かっていった。
以前のように弱音を吐かず、一つひとつ乗り越えていく。
そんなある朝、目覚まし時計を一度止めて、時間を確認した。
もう少しだけ…と、起こした頭を枕に戻してしまった。
「わー、寝過ごしてるー!!」
「ルーシィ!リボン忘れてるわよ」
「あーん…もう、髪弄ってる時間ないーっ」
テーブルの上に置いてあった青いリボンを受け取ると、騒々しく家を出る。
階段を下りて、ドラグニル家の前を通過する――、と同時に扉が開いた。
「うあっ遅刻だー」
「きゃ、いっ…〜〜〜」
ルーシィの顔に直撃する。右の頬に強く当たったようで赤くなっていた。
彼女はその場に蹲る。
ナツは、ルーシィの存在に驚き、扉を開いたまま彼女の側でしゃがんだ。
「ルーシィ!?」
「うぅ…何であたしはいつもこうなの」
両手で顔を覆い、痛みで流した涙を上着の袖で擦る。長い金髪がその振動で揺れた。
「わ、悪ぃ…大丈夫か!?」
ルーシィと目を合わせると、ナツの左手が赤く熱を持った彼女の頬に触れる。
撫でることで痛みを和らげようとしてくれているのか、ナツのその行為に彼を見上げていた彼女の肩がビクッと震えた。
――触れてくれることは嬉しい。
…だけど、これからあたしはナツに甘えちゃダメだ。
「あの音じゃ…痛ぇよな」
「だ、大丈夫よ!これくらい」
「へっ?」
スクッと立ち上がり、鞄を肩に掛けて笑う。
「それより、急がないと遅刻しちゃうわよ!」
「……」
スカートの汚れを叩いて取り、先に行くねと階段を下りて行った。
ルーシィが立ち去っても、身体が動かないナツは、首を傾げて自身の桜頭を掻く。
「ナツ!邪魔だっ!」
背後から聞こえてきた声の主が、彼の背中を蹴って飛び越し着地のポーズを取った。
長い緋色の髪を靡かせた――ナツの姉、エルザが振り返る。
「いてえよっ!」
「戸口でウダウダしているからだ!」
姉には口答え出来ない。彼女の迫力に負けて、目を逸らした。
金髪の少女が走っていく姿が、階段の踊り場から見える。
エルザがそれに気付いたのか、目を細めた。
「ん?ルーシィが居たのか?」
「おう、なんかアイツ…変わった気がすんだ」
無理して笑ってるような、
――なんかアイツらしくねえなって。
そう口にするナツから、笑みが消える。そんな彼の肩にエルザの手が置かれた。
「…そうだな、私も心配だ」
「……オレは、」
「ナツ、おまえはルーシィにしてやれることはないのか?」
「ルーシィに?」
「ああ、」
――バイトを始めた理由のひとつは、ルーシィが関わっているのだろう?
おまえはルーシィのことをどう思っているんだ?
その言葉に、俯きかけていたナツが顔を上げる。
意味深に微笑むエルザが、背を向けて歩き出した。
遅刻するなよと言い残して――
「…わかんねえよ。だけどオレ、」
『――好き。…あたし、ナツが好き』
涙を流して、想いを告げてくれた彼女を思い出す。ナツは頭を振りながら、溜め息一つ。
昔から触れている金髪の少女の後ろ姿が突如、頭に浮かんだ。
その子が振り向くと、
『ナツ!』
そう呼んで、笑ってくれた。その笑顔がオレは好きなんだ――。
「…ルーシィ」
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