レビィが教室の時計を確認すると、もう来ていても良い時間なのだが、金髪の親友がまだ来ていない。
「…ルーちゃん、どうしたんだろう」
バタバタと足音が近付いてくる。
遅刻ギリギリで登校してきたルーシィが扉を開き、息を乱して飛び込んできた。
彼女の隣には幼馴染の彼が、じゃあなと手を振り自分の教室へ向かって行くのが見える。
そんな二人の姿を目に入れて、仲直りしたのかな、とレビィはホッとした表情を見せていた。
「おはよう、ルーちゃん!まだ先生来てないから、セーフだよ!」
「間に合ったみたいね。おはよ、レビィちゃん!」
ルーシィに声を掛けてから、レビィは自分の席に向かう。
まだざわつきのあるクラス内を見回し、息を整えるとルーシィも席に着いた。
もう放されてからだいぶ時間は経っているが、ナツに掴まれていた手首が――熱い。
そこをギュッと握ってから、彼の笑顔を思い浮かべてルーシィは微笑んだ。
今朝の出来事が、がんばる勇気をくれるから――、
苦手な授業も時間の流れが早く感じて、あっという間に過ぎていく。
今日一日、あたしは笑顔で過ごせた。
放課後、委員会の用事で残っているレビィに声を掛けて、教室を出ていく。
「それじゃ、先に帰るわね」
「うん、ルーちゃん、気をつけてね!」
「はーい!また明日ね!」
帰り道の途中でふと目に留まったもの――
桜色の小花が、お店の前に置いてある花立てに、たくさん活けてあった。
ルーシィはそれらを売っている花屋の前で、足を止める。
「わあっ、カワイイお花!買っちゃおうかなー」
お花の香りを嗅ごうとして顔を寄せていると、隣のお店から聞き覚えのある声が耳に届いた。
「もう!離してよー」
声がする方へ顔を向ける。そこには自分と同じ金髪のあの子が、怪しげな雰囲気の男性に腕を引っ張られていた。
彼女は男性から距離を取ろうとしているが、その人は諦めない。
「しつこいなあ!行かないって言ってるでしょっ!」
なに…?あの人!
もしかして――
「カスミちゃんを離しなさいよねー!」
ルーシィは咄嗟に、花屋の壁に立て掛けられていた箒を手に取り、叫んだ。
しかし、タイミングが悪く箒の先が隣のお店の看板に引っ掛かってしまい、彼女は勢いよく倒れ込む。
「きゃあああ!!」
「ルーシィ先輩!?」
「いったーい…」
突然目の前で起きたことに驚いたカスミと怪しげな男性。
彼女を見ながら、呆気にとられている。
二人はルーシィを立ち上がらせて、近くの喫茶店へ入った。
四人掛けの席で、ルーシィとカスミは隣に、その向かい側に男性が腰かける。
「ハハハ…!っくくく」
怪しげな男性は、黒の長髪でサングラスを掛けていた。ルーシィ達とそれほど歳が離れていないように感じる。
その男性は笑いが止まらないのか、席に着いてからもお腹を抱えてルーシィを見ていた。
「あんまり笑うなよ、先輩は必死だったんだから」
「ごめん、だって…聞いてた通りの子だったから」
カスミがテーブルに肘をついて、溜め息を漏らす。注文した飲み物へ口を付けた。
彼女の隣では、真っ赤な顔をしたルーシィが恥ずかしさのあまり俯いていると、男性がコホンと咳をして、笑顔を向けてきた。
「どうもはじめまして、ルーシィちゃん。君の噂はカスミやナツからよく聞いています」
「へ!?」
「この人はうちの父がやってるライブハウスの常連客」
「そうこの頃、愛しのカスミが全然顔出さないから意地で連れてこーとしてたんです」
状況がつかめないルーシィの前で、男性の言葉を聞いたカスミが照れたのか赤い顔をして席を立った。
危なくカップが倒れそうになる。
「はあ?ちょっと、なに言って…」
「ルーシィちゃんも是非聴きに来てねー、じゃ、オレ…もう行くわ」
忙しいのか席を立ち、上着に手を通しながら、支払いは済ませておくからゆっくりしていってと声を掛けられた。
お店から出ていくその人に会釈をして手を振る。
溜め息を吐いて、カスミが口を開いた。
「…良い人だけど、お節介なんだよなー」
「そうなの?」
はあ…と更に息を吐き出す――と同時に、少し口を付けたとみられるチェリータルトが目についたのか、お皿を引き寄せた。
「せっかく注文したのに残して…。もったいないから、食べよ。先輩も半分食べて」
「う…うん」
ナイフで均等に切っていく。お皿の上で口を付けていない方の半分を、ルーシィに寄せた。
「はい、キレーな方取りな」
「ありがと…」
ほんの些細なことだが、そういった心配りが垣間見れて、思わず笑みを零す。
「ふふ…カスミちゃんはしっかりしてるわよね」
「なに?急に?」
「本当のカスミちゃんは素敵な子なんだなーって思って」
「……」
「そうじゃなきゃ、ナツもホレないわよね」
ルーシィの柔らかい口調に、笑顔に――目を合わせていることが恥ずかしいのであろうかカスミは視線を逸らした。
そして、ふっと笑う。
「…今頃気付いたの?」
「うん、あたしにはいじわるするんだもの…ふふ」
タルトを口に含ませて美味しそうにまた笑うルーシィ。
そんな彼女を凝視して、ホークで刺した切れ端をお皿に戻した。
「バカらしくてやってらんない」
「ど、どうしたの?」
「アンタ、お人よしにも程がある!」
「カスミちゃん?」
両腕を胸の前で組み、眉をツリ上げる。目を丸くしているルーシィに言い放つ。
「だいたい、ナツ先輩が私にホレるわけないでしょ!」
「そんなことないわ!」
「…っ」
「カスミちゃんって強いでしょ?あたしみたいにすぐいじけたりしないし、優しい気持ちもちゃんと持ってる…魅力的な女の子よ!」
真剣な顔をして――でも、少し涙目で。
自分が感じた想いを伝えようと必死な彼女を前にして、カスミは言葉にならない。
口を開いたまま、ルーシィを見つめていた。
「だから、あたし…もっとがんばらなきゃ。ナツに呆れられちゃうもんね」
「ルーシィ先輩…なんか誤解してない?」
「してないわよ?」
なにが?と小首を傾げて、ルーシィはカップの中身を飲み終える。コクンと喉が鳴った。
短い金髪のカスミがその髪に触れながら、何かを考えて口にする。
「…ナツ先輩ときちんと話した方が良いんじゃないの?」
「ん?…うん、ちゃんと聞く準備は少しずつ出来てるわ。…カスミちゃんみたいにしっかりした子になれるように、あたしも強くなるんだ!」
「ルーシィ先輩…」
どこか寂しそうに、それでも必死に笑って変わろうとしている彼女の強い想いがヒシヒシと伝わってくる。
「人を想うことって勇気がいるわよね。それでも、好きなら…弱気じゃダメよね」
――自分の気持ちに怯えてばかりはいられない。
「ちゃんと受け止めないと…」
ナツの笑顔を、
手の温かさを
あたしはあまりに好きになってしまったんだから――
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