昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴った。
そろそろ教室に戻らないといけないのに、ルーシィの足は幼馴染の彼の元へ行こうとしている。
少しだけだからと、ナツのクラスの前で立ち止まった。
人一人が通れるくらいに扉が開かれていた為、そこからそっと覗き込んでみるとクラスの男子二人と笑っているナツの姿が映る。

――ナツ。

あの子、誰?



なんて、あたしが訊くのも変か。



「もう、戻らなきゃ…」

名残惜しいがもう時間がない。
背中を向けて扉から離れると、その一瞬を目の良い彼が見ていたようで、首を傾げていた。




今までずっとナツの一番近くにいる女の子はあたしなんだと思ってた。

なんでも言えて、なんでも聞けて、
ナツのことならなんでもわかってると思ってたんだ。


初めて、ナツを遠くに感じた。





学校から帰宅したルーシィは着替えてから、団地の屋上に上りしばらく風に当たっていた。
下から聞こえてくる小さなこどもの笑い声が耳に響いて、昔の自分を思い出す。
ナツに悪戯をされつつも楽しかったあの頃。
エルザやレビィも一緒になって、遅くまで遊んでいたっけ。
ルーシィが微笑んでいると、背後にある扉が開いた。

「ルーシィ!」

名を呼ばれ振り向くと、そこには制服のままのナツが大きな紙袋を抱えて歩いてくる。

「…ナツ」
「肉まん食わねえか?ルーシィの好きなあのお店のだぞ!…ホレ、やる」
「…ありがと」

――覚えててくれてる。

手の上に乗せてくれたそれを、ルーシィは右の頬にくっ付けた。

「それ、その癖!食う前に絶対ぇするんだよな!」
「え?」
「屋上にも落ち込んだりすると来るよな?」
「あ…」
「なんかあったのか?」

笑顔を向けるナツを直視できない。不自然な行動を取らないように注意した。
しかし、彼女は頬を赤く染めて、顔を横に振る。

「…べ、別になにもないわよ」
「そおか?んじゃ良かった」

――なんだかもう、どうでもよくなっちゃったな。

肉まんで胸の中、あったかくなっちゃった。
あたしったら、単純だわね。

パクリと口を付けていると、すでにナツは3個目の肉まんに噛り付いていた。
彼は噛みながらルーシィの横に立つと、遠くに見える建物やビルの上にある機械の方へと指を向ける。

「おー、あの辺すっげえ、かっこいーな!」
「機械恐竜の群だったよね」
「おっ!おまえ昔はキリンだっつって、絶対ぇゆずらなかったのに」
「だって、大好きなんだもん…背が高くて」
「…ふーん、背が高くてかよ」
「どうかした?」
「いんや、なんでもねえけど」
「あたし、あの頃よりちょっと大きくなったから、ナツにゆずってあげる!」

彼女の言葉に目を丸くした彼は、すぐに歯を見せて笑ってくれた。

「…オレ、あの頃の夢、まだ持ってんだ」
「え、世界中回って恐竜の骨掘るって…」
「おう、それ!」
「ふふふ、その割に英語は苦手よね?」
「まーな…伴う問題は色々あってだな」
「問題か…」
「実際、夢を叶えるには大変だけどよ…まあ、でも諦めねえぞ!」
「レッツファイト!…よね」
「おまえ、発音良いな」
「そう?」

――こんな、幸福感があって良いのかな。

あの頃と変わらない目も、
変わらない仕草も、
今、怖いくらい幸せをくれるから。





次の日の朝、レビィと移動しながら窓の外を眺めていると、昨日の会話が脳裏を過ぎった。
それを思い出しつつ、教科書を持つ両手に力を込める。

「レビィちゃん…」
「ん?ルーちゃんどうしたの?」
「あたし、幸せかも」

うっとりした表情を見せる彼女の隣で、苦笑い。

「何があったかわからないけど、よそ見してると危ないよ…」
「きゃあああ!」
「え?」

廊下の隅に水の入ったバケツが置いてあった。それに躓き、ひっくり返してしまう。
廊下は水浸し。

「ルーちゃん、言ってる側から何してるの!?」
「うわーん、ごめんなさい」

急いで掃除用具から、乾いてあるぞうきんを二枚取り出し、レビィと一緒に拭いていた。
すると、廊下中に響く高音が耳に伝わってくる。
階段から転がり落ちるバケツの音であった。

「私が取ってくるから、ルーちゃんは拭いてて」
「うん、ありがと」

ーーはあ…しっかりしなきゃ。

ルーシィが再び屈んで拭いている所に、見覚えのある女生徒が歩いてくる。
その子が金髪を掻き上げて外に視線を移した。
視界にルーシィが入らなかったようで、彼女を避けることなく歩みを進める。

「うわっ!」
「きゃ、」
「いったー、ったく…もう〜〜」
「うぅ…痛い」

丁度、女生徒の膝がルーシィの後頭部に当たってしまった。
蹲る彼女の前で、膝を擦るその子が涙目で叫んでくる。

「なあんで、そんなとこにへばりついて…ってまたアンタか」
「……」
「今日といいこの間といい、よっぽど地面にへばりつくのが好きなんだ、ルーシィ先輩は!」
「…っ!」

思わず顔を上げて口を開くが、上手く言葉にならない。

「ええと…あの」
「あ、私の事は“カスミちゃん”って、そー呼んでよ。ルーシィ先輩…」

――後輩、よね?でも、なんか、怖い。

「カスミちゃんは、どうしてあたしの名前を知ってるの?」
「さー、どうしてだったかな」
「……」

眉を下げて、両手を胸の前に添える。ルーシィに視線を合わせてくる女生徒が口角を上げた。

「“ナツ”…はなんにも言わなかった?」

――え!?

心臓が跳ねた。

「あ…、なっナツの知り合いなんだ?」
「そうねー、知り合いって言うのかな」

向かい合っている二人の距離が縮まると、女生徒の右手がルーシィの頭に乗った。
驚きを隠せない彼女の目の前で、更に撫でてくる。

「こーやって慰めてくれたり、励ましてくれたり…」
「…え、」
「時にはギュッと抱きしめてくれたり」


――どういうこと?









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