オルトレマーレの星ひとつ
▼07
笹川了平、笹川了平、と口の中でつぶやきながら並盛の街を歩く。
まだ朝早くだからか、街を歩く人は少なかった。
「…あ」
ロードワーク、だろうか。シャドーボクシングをしながら道を歩く男を見つけた。フードの陰から見える顔は、つい先ほど写真で見たもの。
(笹川…了平…
みつけた)
「極限のシッ パワーがシッ
みなシッぎるシッ」
極限ってなんだそれ。
変人なのかと思いつつ、確認のため声をかけた。
「あなた、笹川了平サン?」
「なんだお前は…
ん…?その制服は…?!
さては我がボクシング部に入部するつもりが間違えて他校に入学してしまったあわてん坊だな!!」
…は??
なにがどうしてそうなった。
女になぜボクシングを進めるんだ。私を男だとでも思っているんだろうか。アホなのか笹川サン。
「俺はかまわん!女だろうがボクシングへの愛さえあれば入部大歓迎だ!!」
女だと認識した上での発言だったよこのやろう。
「んー…」
まあでも、チャンス、かな?
「じゃあそれでいいや…
私のことを倒せたら入部してあげるよ。」
そう言うと彼の目は輝く。
「本当か?!女だからと言って加減はしないぞ!」
笹川サンは構えると、こちらに向かって拳を振るってきた。
え、はじめるの早くないか?!
とりあえずするりと拳を避け、鎖鎌を取り出そうとする…が。ちっぽけな良心がチクリと痛んだ。
(拳に刃物はフェアじゃないかもね…)
21位の時は鉄バットを持ってたから鎖鎌を使っても罪悪感も何も無かったが、拳に向かって鎖鎌を振るうのはただの一方的な暴行だ。
フェアに行こう、フェアにね。
にやりと口角を上げると、私も拳を握って笹川サンに殴りかかった。
避けきれなかった拳は、彼の肋骨にあたり骨の砕ける感覚が伝わる。
「ぐっ…いいパンチだ!」
とてもいい笑顔で言われた。びっくりだ。笹川サンはMなのか。
「…そりゃどーも。」
「お前、名前をなんというんだ?!ぜひ教えてくれ!」
ちなみに俺は並盛中3年、笹川了平だ!と続ける笹川サン。いや、知ってますけど。
「えーと…辻井昴…」
しまった、本名教えなくても良かった。というか名前を教えてやる必要も無かった
「そうか!辻井か!今度はこちらから行くぞ!」
話を聞いているのか聞いていないのか。先ほどよりも早い拳が迫る。左腕で受け止め、右手で彼の骨を殴った。
ちゃんと力が乗らなかったので、ヒビが入ったくらいだろうか。
しかしそれにしても殴られた左腕が痛い。折れてはいないだろうが、ヒビくらいなら入っだろう。
まあおあいこということだ。
そのまま足で横腹を薙ぐ。吹っ飛んで行った笹川サンは、コンクリートの壁に当たってぐったりと倒れた。鎖鎌を使わないとは決めたが足を出さないとは言ってない。
そろそろ終わらせたかったしね。
「それじゃ、私が勝ったから貰ってくね」
前歯を5本、ペンチで抜く。
やけに軽く抜けたそれに違和感を感じながらも、まあいいかと気にせず用水路に捨てた。