――放課後。財前と清花はSHRが終了すると部室へと急行した。その間、財前の表情が硬いものに変わっていくのを見ていた彼女は、小さく笑って『だいじょうぶだよ』とその肩を叩いた。
 部室の扉を開ければ珍しく早い白石と謙也が着替えを済ませたところで、二人に気づくと「なんやお前らも早いなぁ」と謙也が笑いかけた。財前は「そっすね」と素気なく返してテニスバッグを置くが、その微かな異変を感じとったらしい白石が眉を顰めた。

「なんや財前、機嫌悪いな。なんかあったんか?」

「いや白石、こいついつもこんなんやで?」

「謙也さん、誰がいつも機嫌悪くさせてると思ってんですか?」

「は?俺なん!?」

 「俺はお前の面倒見てやってるだけやろ!」と抗議の声を上げる謙也に、ひと睨み利かせた財前は学ランを脱いでいく。既に着替え終えた清花は白石と共に部室を出てテニスコートへと向かう途中、彼女は『部長』といつもよりも声のトーンを落として彼を呼んだ。

「ん、なんや?」

『部活終わってから、少々お時間頂いてもよろしいですか?話したいことがあるんです』

 その表情があまりにも真剣なものだったことに、一瞬白石は息を呑み込むがすぐに「わかった」と笑って見せた。それにほっと小さく胸を撫で下ろした清花は、ちらりと彼の後ろにぴたりとくっつくそれを見る。本当に厄介な奴に好かれる人だなあ。いや、それにしても…『異常事態、か

「清花?何か言うた?」

『いえ、なにも。それより白石さん、今日の練習メニューなんですが…』



■  □  ■




 部活が終わり部室へと移動した清花達は、着替えやら日誌やら各々が動いていると、白石がふと思い出したように清花に顔を向けた。

「せや、清花。話ってなんなん?」

 花菜が日誌を書く姿を金太郎と共に見守っていた清花が、その声に顔を上げるとやや困ったように『あー…』と言葉を濁らせる。それにピン!と妙な反応を示したのは小春だった。

「なんやの!なんやの!もしかして…こくは、」

「んなわけないっす」

「即答かい」

 勿論、返したのは清花ではなく財前だが。彼の表情もまた「なんでこういうときに限って空気読めへんねん、部長」という気持ちが表れており、清花も同じ気持ちだったが表情は崩さない。
 この十数人が密集する賑やかだった部室は、いまや白石と清花達に耳を傾けられている。いずれにせよ、全員には話すことになるのだからちょうどいいかと彼女は息をつくと、一度財前と目配せをする。彼がやや表情を強張らせて小さく頷いたのを確認した彼女は、室内をぐるりと見渡したあと白石へと視線を戻した。

『白石先輩、それから皆さん。少し、大事な話があります』

 この際千歳がいないのは仕方ない。

『いまから話すことは、できれば内密にお願いします。大っぴらにすれば、わたしも財前君も奇異の目を向けられてしまいますので』

「財前?え、なん、もしかして…」

「付き合ってませんからね、俺ら」

「なんや、そういう報告やないんか」

 残念やなぁと肩を落とす小石川に小春が同意を示すように頷く。清花はそれに苦笑してすっと入れ替えるように表情を真剣なものへと変えれば、部室の空気も一瞬にして変わったように感じられた。先ほどまでの騒々しさとは打って変わった静かな部室に、誰かの唾を呑み込む音が聞こえた。

「…清花?」

 不安げに名前を呼んできた白石に、彼女は安心させるような柔らかい笑みを返す。

『率直に申し上げます。白石さん、いまからあなたの除霊を行ないます』

………はっ?

「姉ちゃん除霊できるん!?あの、悪霊退散ー!ちゅーやつか!!?」

 白石の間の抜けた声を掻き消し、きらきらと子供特有の眼差しを清花に向けた金太郎の頭に財前の容赦ない拳骨が落ちた。「痛った!!」「内密に言うたばかりやろが!」
 珍しく声を上げて苛立ちを露わにする財前に、一同は「え」と驚いてしまう。普段から不機嫌だったり苛立っていることが多い財前だが、声を荒げることはないしどちらかといえば静かに示す方だ。だからこそ滅多に見ることのできない財前のその姿に一同は釘づけになる。
 花菜は財前と金太郎から視線を清花へと移すと、「せんぱい」と声をかけた。

「やっぱり白石先輩に憑いているんですね」

 その一言に一瞬にして固まった周囲に、爆弾を投下した本人は「あれ、どうかしました?」と小首を傾げて見せる。清花はその様子に小さく笑ってしまう。

『ああ、気づいたの?』

「えと、なんてゆーか…、部長の側にいると寒いんですよ。こう肌に突き刺さる感じじゃなくって、撫でられるようなぞっとする感じで。だから、「ああ、いるんだろうなー」って」

 ひゅうっと密室の部室に風が吹いたような気がした。その中で財前だけが平然とした顔で花菜を見下ろした。

「なんや、お前も感じとれるんか」

「えっ…まあ、薄らですよ?ほんとに微量しか感じとれないんです」

「流石は親戚なだけあるいうことか…」

「…? その言い方だと、財前先輩も霊感があるってことですか?」

『財前君は霊視も兼ね揃えちゃっているんだよ』

 今度こそ吃驚といわんばかりに目を見開いた花菜は、「ええぇえっ!?」と声を上げる。畳みかけるような花菜と清花の言葉に、今度こそ一同は意気消沈している様子に彼女は苦笑するとちらりと財前の表情を盗み見た。そこには苛立ちの中で不安げに揺れる瞳があり、清花は一度目を伏せるとふっと息をはく。

『すいません、本題から少しずれましたね』

「え、あっ、…おおおう」

「つまり…話を纏めると、清花ちゃんと光と花菜ちゃんは霊能力者ってことで、合ってる?」

『はい、小春先輩の仰る通りです』

 清花が肯定の意を唱えれば、瞬時に三人と金太郎を除いた周囲の顔が真っ青になる。言うまでもなく、金太郎はキラキラと目を輝かせて三人を見ているのだが。

『ずっと、黙っていたことと、気味悪がらせてしまったことは謝ります。すいません。でも、この状態が続くようであれば、黙り通すわけにはいかないと思ったので、お話します』

 清花もまたいつにもなく真剣な顔と落ち着いた声で話すためか、自然と周囲の表情が引き締められた。それと同時に、彼らは感じとれた。三人とも、どこか悲しそうで、寂しそうなことを。

『…わたしは家系上、生まれついての霊媒体質で幼い頃からヒトならざる者が視えます。花菜はわたしの影響で…、』

「俺も物心ついた頃には視えていました。それで気味悪がられたこともあります。せやから、」

「黙っとったちゅーわけやな…」

 銀の呟きに当然やろな、と誰かが口にした。常人とは違う力の持ち主はときとして異端として扱われる、普通じゃないことを隠す必要があるのは当然のことだ。実際に人でもそうでないものでも、恐ろしい目にあってきていたことに間違いない。だから、彼は。

「正直に話してくれておおきにな」

 白石は、ぽんと財前と清花の肩に手を置いて柔和な笑みを浮かべた。それに面食らったのは財前で、思わず白石を凝視してしまう。彼女はというとほっと安堵の息をついて財前を振り返り見た。

『ね、だから言ったでしょう?信じていいって』

「…ほんま……そうやな」

 消え入りそうな声で呟いた財前が、安心したように息をつけばその肩に腕が回される。

「阿呆。心配せんでも、俺らは可愛い後輩達の味方や。なんやって受け入れたるわ!」

「あら、謙也クンええこというやないの!」

「謙也のくせにな!」

「くせは余計や一氏!」

「先輩、苦しいんで離してください」

「なんやて!?ほんま可愛げのない後輩やな!」

「くるし…」

 いつも通りの明るく騒がしい一同の中に埋もれる財前を、清花は微笑ましげに眺めたのち本題へと切り替えるために白石に焦点を合わせた。



打ち明けて、打ち解けて

第一章 物語の始まり




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