四月も始まって早二週間が経つ。四天宝寺男子テニス部は遠山金太郎と千歳千里を迎え、そして新マネージャーの藤原花菜を加えた新体制が形作られていた。といっても、相も変わらず騒々しく笑いの絶えない環境だ。当初こそ緊張していた花菜も、その雰囲気に流されていまではすっかり打ち解けている。

「あーっ!清花姉ちゃんや!」

 ふいに後ろからかけられた聞き覚えのある声に、彼女は振り向こうとすればドスッという鈍い音と共に清花の背に衝撃が走る。『ぐぅっ…

「清花姉ちゃん!おはようさん!」

『お、おはよう…金太郎君』

 突撃という名の抱きつき攻撃を受けた清花は痛みに耐えながら、なんとか微笑みを浮かべて振り返り挨拶を返した。ほぼ同身長である二人が幾ら中学生と云えど、男女の力の差は歴然であり――というよりも金太郎の怪力に当たり所が悪ければ骨の一本は折れているのではないだろうかと清花はぞっとした。

「おいこら金太郎。何しとんのや」

「ぐえっ」

 更に背後に追加された声と同時に金太郎の抱きつく力が弱まったことに安堵し、彼女は顔だけを後ろへと向ける。そこには面倒くさそうに顔を歪める財前が金太郎の襟首を引っ掴んで持ち上げていた。

「ちょっ、何すんねん光!!離しや!!」

「それはこっちの台詞や、阿呆。こいつのこと絞め殺す気か」

「う゛っ…」

 自分の怪力を少なからず理解している金太郎は、図星をつかれてしゅんと項垂れる。その様子を可哀想に思った清花が思わず助け舟を出した。

『あー…金太郎君、だいじょうぶだよ?ただ、ほんのちょっと加減してくれると嬉しいかな』

「っ!わかった、姉ちゃん大好き!!」

うっ…!

「言ったそばから絞めんな、どつくで」

 べりぃっと音がしそうな感じに金太郎を引き剥がした財前は、不機嫌そうに溜息をつくと鋭い視線を清花に向ける。彼女はそれに一瞬びくりと肩を揺らせば、更に畳みかけるように彼が息をつく。

「お前も。嫌なら嫌言わんかい。お人好しが過ぎるにもほどがあるわ」

『ごめん…。でも金太郎君だって悪気はないんだし、そんなきついこと言わなくてもいいんじゃないかな』

「これぐらい言わんとこいつのためにならんやろ。みんな甘やかしすぎるんやから、誰かが厳しく接しなあかん」

「お前らなにテニスコートで夫婦漫才見せてん」

 財前と清花の間に割って入ってきたのは謙也だった。やや呆れたように二人を見る謙也の後ろには一氏と小春が目をキラキラと輝かせている。

「んもぅ!いまの見ましたぁ、一氏さん?」

「そりゃもうバッチリ見ましたわぁ金色さん!相変わらず財前さんちはアツアツやわ〜」

「ほんまその熱でたこ焼き焼けてまうかもしれんわね!」

「いやいや熱中症レベルやろ。お赤飯はいらんな!」

「先輩らうざいんでやめてください」

 にやにやと近所のおばさま漫才を繰り広げる二人に、財前の容赦ない一言が投げられる。そこからギャアギャアといつも通り喧しいやり取りが始まったのを見て、清花はひと息つくと改めて謙也に向き直る。

『おはようございます、謙也さん』

「おん、おはよーさん。お前も朝から災難やなぁ。財前だけならまだしも金ちゃんとのダブルタッグはきつそうや」

『こう毎日仲裁役やるにも胃薬必要かもしれませんね…』

「骨ぐらいはちゃんと拾ったるから安心せえ!」

助ける気はないんですかね…

 ぐっと親指を立てて早々に自分を見捨てた謙也に呆れていると「清花せんぱーい!」と声が聞こえ、彼女と謙也が後ろを振り返れば、駆けてくる花菜とその後ろを歩いてくる白石がいた。

『おはよう、花菜。部長もおはようございます』

「おはよーございます!清花先輩、謙也先輩!」

「花菜は朝から元気やなあ。白石もおはようさん」

「おん。今日も相変わらず騒がしなあ…って千歳は今日もサボりか」

『千歳さんはもう日課ですから仕方ないですね』

 そう苦笑して白石を見た清花がぎょっと一瞬目を見開くが、すぐになんでもなかったかのように表情を戻して視線をゆったりと逸らした。その後の会話は右から左へと通り抜けていき、彼女はやれやれと嘆息するとふとこちらを見ている財前と視線が交わった。

 ああ、気づいたんだね。

 清花は一氏に首に手を回されて顔を歪めている財前に一つ頷いて見せると、彼は鬱陶しそうに目を伏せた。そして白石の掛け声で始められた朝練が終了して教室へと足を向ける最中に、財前が重々しく溜息をはいた。

「…またか」

 その言葉の意味を、彼女だけが知っている。

「好かれやすいんだか、なんだか知らんけど、どうにかならんの?」

『憑かれやすいってわけじゃないんだけどね……カッコいいから惹かれるのかな、やっぱり』

 やれやれと嘆息する清花に彼もまた同情するように息をついた。
 二人が白石の後ろにいたそれを“視て”しまったのはどうしようもない事実だ。清花は家系上、超霊媒体質の持ち主であり、財前も少なからず生まれつき強い霊感が備わっているために、白石の背後にいる青白い顔の女の霊がはっきり視えてしまったのだ。
 ある種二人が仲良くなったきっかけは、この霊能力のせいでもある。人に打ち明けることのできない、必要としない力を持った二人は共に普通と隣り合わせの異端であり異質だ。だから互いに妙な親近感というか、仲間意識を持ってしまっている。

「とりあえず、早いとこ取っ祓った方がええな。放課後、できそうか?」

『んー…そうだね』

「…どうかしたんか?」

『ああ、いや…ちょっとね。もういっそのこと白石さんに結界張っておこうかなと思って』

 『こう頻繁だと、財前君も参っちゃうでしょ?』と尋ねた清花に、財前は返事代わりの息をはいた。一年前から数えて白石は頻繁に“女の霊”をくっつけていた。彼自身が憑かれやすく引き寄せやすい体質というわけではないのだが、その容姿につられてなのかいつも女霊が纏わり憑いている。まだ辛うじて視れるレベルから、某ホラー映画級にグロテスクでスプラッタな直視不可能なものまで、それはもう多種多様だ。それに体調不良を起こした財前が何度か早退と保健室行きになった一年生時を思い出して、清花は小さく苦笑いを浮かべた。

『いっそのことはっきり伝えてしまった方がいいかもね』

「そういうて、信じてくれると思うんか?」

『普通は、信じられないよね』

「なら言うたところで、無駄や」

 吐き捨てるような寂しさを含んだ財前の声音に、清花が足を止める。

『…財前君はさ、それでいいの?』

 表情を強張らせてトーンを落とした静かな問いに、財前も歩みを止めて二三歩後ろにいる彼女に振り返らずに「ええもなにも、ないやん」と呟く。

『…、あのさ、財前君。一年財前君や先輩達と一緒に過ごしてきて、わたしはあの人達になら打ち明けてもいいと思ったよ』

「………」

『馴染めなかったわたしと、不協和音だって言った財前君を迎え入れてくれた人達だよ?信じてもいいんじゃないかな』

「……、お前は、怖いて思わへんの」

 囁くような小さな声には、確かに拒絶に対する不安が表れていた。でも、と清花は思う。

『怖いよ。怖い。でも、いつまでも黙ってて、いずれバレて脅えられるくらいなら、わたしはいま正直に伝える方を選ぶ』

「…、」

『それにね。たとえ拒絶されたって、ひとりぼっちにはならないでしょ?』

「…せやな」

 ふたりぼっちや。

 ほんの少しだけ軽くなった心にその言葉をしまい込んだ財前は、「鐘鳴るわ、急ぐで」と清花を急かして歩を進めた。



ふたりのひみつ

第一章 物語の始まり




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