■
『じゃあ、本題の白石さんの除霊に入りますね』
「おん。ていうか、いつから白石に憑いとったん?」
『気づいたのは今日の部活開始直前ですから、多分その辺りかと』
「じゃあその間、お前らはずっとそれ見とったんか」
小石川の問いに清花は苦い笑みをこぼし、財前は嘆息――つまり肯定すれば、一同が何とも言えない表情になる。
「なんか、堪忍な」
「いや部長が謝ることやありませんて」
『そうですよ。あくまでも原因は
いま白石さんの耳元でよくわからない愛を囁く“それ”なんですから』
「「
………」」
まったく困った奴だというように白石を――実際にはその顔の隣で愛を囁くそれをげっそりと見つめる清花に、一同は黙り込むしかない。財前も彼女に同意だというように鬱陶しげに眉を顰めると「ほな、やろか」と清花を促した。
『うん。じゃあ部長、そこに座って頂いてよろしいですか?』
彼女の言葉に従って、目の前の椅子に腰かけた白石はやや緊張した面持ちだ。それに「だいじょうぶですよ、白石先輩に危害は加えさせませんから」と笑って、彼女は一度目を伏せた。
しん、と静まり返った部室の中、清花はゆるゆると瞼を持ち上げると、その緋色の瞳が真っ直ぐに白石を捉える。そして大きな柏手を打つと
神咒を唱える。
『《
この声は我が声にあらじ。――――この声は、神の声。まがものよ、禍者よ、呪いの域を打ち祓う、この息は神の御息》』
両手で刀印をかたどり、唱えを続ける。すると部屋の空気が一変して、澄んだものと禍々しいものが混ざったような異様な雰囲気に包まれる。それに白石の背後にいた女霊が次第に震えていき、呻き声をあげて苦痛でもがき始める。
『《
この身を縛る禍つ鎖を打ち砕く、呪いの息を打ち破る風の剣》』
真っ直ぐに相手を捉えて放さない清花、白石の背後でのたうち回るそれを財前もまたしっかりと見つめている。息も絶え絶えになったそれが白石をすり抜け、清花に手を伸ばしかけるがそれよりも早く彼女が言霊を放った。
『《
妖気に誘うものは、利剣を抜き放ち打ち祓うものなり――――!》』
虚空に向けて、清花は刀印を素早く薙ぎ払った。女霊の手が届く前に瘴気ごとそれは消滅していき、白石の周りについていた黒い靄もまたすぅっと消えていく。
清花はふう、と一息つくと白石の肩にぽんと手を置く。そしてすっと埃でも払うような動作をして、「これにて終了です」と彼に告げた。白石はそれにどっと疲れたかのように肩の力を抜いて脱力すると「気張り過ぎて疲れたわー…」と乾いた笑みを浮かべて見せた。
『わたしもちゃんと祓うのは久しぶりなので少し疲れました』
「えっ、いつもはちゃんと祓うてないん?」
『相当の厄介事や仕事でなければ一々神咒を唱えることはしませんよ。普段は取っ払うとか踏み潰すとか物理的な手段ですし』
「え、そんなんでええのん?」
『まあ。気の塊を相手にぶつけていますから、あちらにとっても相当痛いはずです。あ、後日結界用の護符、用意しますね』
「いや、なにもそこまでせんでも…」
「何言うとるんですか。大人しく言うこと聞いといてください。アンタ前にも
仰山女の霊寄せ集めていたんですから、毎度こっそり祓ってたこいつに感謝してください」
その言葉に何も言い返せない白石は黙って頷くほかなかった。すると謙也ががしっと清花の両肩を掴むと真っ青な顔を近づけて、だらだらと冷や汗を流しているので彼女は困惑気味に口を開いた。
『あ、あの…謙也さん?近いんですが…』
「清花、護符俺にもくれ。憑かれとうない」
『いや…、あの、謙也さんは寄せつけない人…、』
「いつ身に危険が及ぶかもしれんのや、この通りや、頼む!」
『…はあ、まあ、そこまで言うのでしたら』
いっそのこと、皆さんの分用意しようかなと呟いた清花に食いついてきた金太郎を止める財前。その様子に愛想笑いを浮かべてしまう清花は、きぃと部室の扉が開く音に気づいてそちらへと顔を向けた。
「おー。お前ら遅くまでなに騒いどんねん。はよ帰りやー」
「オサムちゃん」
入ってきたのはテニス部監督の渡邊オサムと、その後ろに長身の千歳を引き連れていた。
「なんや、千歳も一緒か」
「こいつまた裏山で寝とったんや」
「はは、起きたら下校時刻になっとったい」
「笑いごとか、阿呆」
やれやれと嘆息した渡邊は、納得する生徒一同に「ほら、はよ支度せい」と帰るように促す。それに素直に従って、一同は各々の荷物を手にすると部室から出ていく。最後に白石が部室を出て鍵をかけると、それを渡邊へと手渡した。
「ほな、お疲れさん。また明日な」
『お疲れ様です』
「オサムちゃんまた明日なー!」
「千歳はん、明日はちゃんと部活出るんやで?」
「わかっちゅう。ふぁあぁ…」
わいわいと集団下校と云わんばかりに校門へと足を進めるなか、清花は一同を見送る渡邊を振り返り見た。そして瞳で挨拶を交わした清花もまた、談笑の中へと交じり会話を弾ませる。一瞬交わった視線でのやりとりは、二人だけしか知らない。
「…なんとか、上手くいったみたいやな」
そう渡邊が呟いていたことは、誰も知らない。
除霊、一件落着
第一章 物語の始まり