入学式から一週間ほどが過ぎた頃、四天宝寺男子テニス部には強力な二人の選手を入手したと朗報が齎された。

「は?九州二翼の千歳千里?」

 間抜けな顔で驚いた声を上げた謙也を、財前は小さく鼻で笑う。先日新学期開始と同時に三年一組に転入してきた人物は、テニス部にとって多大なる影響を示すことになった。監督である渡邊は、「せや」と得意げに頷いて見せた。

「っちゅーわけで、これは千載一遇のチャンスや。財前クンと同小出身のスーパールーキー遠山金太郎に加えて、九州二翼の片割れ。全国行きの切符はもう手に入れたようなもんやで」

「よっしゃ!めっちゃくちゃやる気出てきたわ!」

「今年は全国優勝も夢やないな!」

 謙也に同調するように副部長の小石川が賛同すれば、渡邊は緩やかな笑みを浮かべながら歓喜に打ちひしがれる一同を宥めた。「どうどう、落ち着きや」清花はノートにすらすらと文字を連ねていた手を止めて、ふむと口を開いた。

『…即戦力二人の投入としても油断禁物ですね。練習メニューの調整と、部長、仮入部期間が終了次第、遠山君の練習メニューをレギュラー仕様に切り替えということでよろしいですか?』

「ちょっとキツいかもしれんけど、それで構へんよ。練習メニューについては俺と小石川と清花で話し合った内容を報告でええですか、監督」

 無論と言うように笑って頷く渡邊は、スケジュールの微調整を思案する清花に視線を投げかけた。

「あと、清花。忙しいと思うんやけど、次世代マネージャーの育成頼むな」

『その辺は安心してください。きっちり育て上げるので』

「そういえば、清花のいうとったマネージャー候補、まだ一度も見てへんな」

「数回しか登校してないってほんま?」

 新マネージャーを少なからず期待していた彼らは、不安げな眼差しを清花に向ける。彼女はその視線ににこりと笑って『だいじょうぶですよ』と答えた。

『いまちょっと、仕事で東京に行っているみたいです。今日帰ってくる予定ですよ』

「仕事?」

『ええ、読者モデルの仕事をしているんですよ。かれこれ三年目くらいですかね』

 清花が勧誘した藤原花菜は小学生の頃より読者モデルを勤めており、現在若年層向けの雑誌では断トツ一位な人気読者モデルとして名高く、女子中高生達からは賞賛されている。そんな彼女は親戚でもある清花を慕っており、今回両親の都合により大阪に引っ越してくるにあたり、同じ中学校に通いたいと必死に勉強したという。彼女の両親も清花と同じ中学なら安心だと、よろしく頼むと面倒見も頼まれている。

「えっ!?ほんまか!」

「モデルとか絶対可愛ええんやろな〜」

「てか、そんな仕事に忙しいんにマネ業するんか?」

 一氏の両立は難しいんじゃ、という真意を汲み取った清花は心配いらないというように微笑んで「ええ」と頷く。

『いままで仕事ばかりで、ロクに学校に通えなくて友人が少なかったんです。だから暫く仕事をお休みにして、学生らしい生活を送りたいってことでしたので誘いました。彼女にとって新鮮でしょうし、いい息抜きにもなるでしょうから』

 白石部長と監督にも任意は得ていますから問題ないですよ。と告げる清花に白石が同意を示すように笑う。成程と一同が納得していると「あのぉ」と遠慮がちなか細い声がかけられて、全員が一斉にそちらへと顔を向けた。
 そこにいたのは清花と背丈の変わらない小柄な美少女だった。明るい胡桃色のふわふわとした髪に、桃色の丸く大きい瞳が愛らしい印象を与える。十人中十人が可愛いというだろう少女は、びくびくと怯えた様子で見下ろしてくる彼らを上目遣いで伺えば、清花が『あっ』と微笑んだ。

『おかえり、花菜』

「っ、清花先輩!」

 ひょこっと白石の背後から顔を覗かせた清花が労いの声を掛ければ、安心したように破顔した花菜がほっと息をついた。そして清花は花菜の隣へと移動すれば、花菜は勢いよくその手を掴んでぶんぶんと上下に振って涙目で訴える。

「もー!先輩聞いてくださいよぉ!今回あのモデルのキセリョと撮影したんですよー!!めっちゃくちゃ緊張しましたぁ。キセリョやっぱ背ぇ高くてイケメンでカッコよかったんですけど、なんか好みじゃなかったです!

『そっか、お疲れ。じゃあとりあえず手を止めて、挨拶しようか?』

 手を振り回され続けていた清花が苦笑交じりに諭せば、花菜ははっと我に返ると慌てて手を離して顔を真っ赤にしたまま部員達へと向き直った。「すす、すいません!つい…!!」

「いや、ええよ。そんでこの子が…」

『はい。彼女がマネージャー候補の藤原花菜です。花菜、簡単に自己紹介して』

「は、はぃっ…、えと、藤原花菜、です。あの、えと、その…!」

『ふふっ…花菜、いつもこんな感じで仕事以外だとテンパっちゃうんです。あ、仕事でもだっけ?それと多分、きちんと同年代の男の子と話す機会が少ないから緊張しているんでしょうね』

「Σうぁっ、清花先輩!」

 あははと笑って花菜をからかう清花に、花菜は涙目で「なんでそゆこと言うんですかぁー!」と抗議の声を上げる。一同はそれを微笑まし気に見ていると、一氏が妙に納得したように頷いた。

「なんや、入部した時の清花見てるみたいやな」

『え?わたしこんなに落ち着きなかったですか?』

「先輩酷い!」

「あー、すまん。そうやなくて、男子苦手意識で俺らとまともに目ぇ合わせられんかったやろ。当初はあんま喋らんかったし、財前としか話さへんかったなぁ思うて」

「そやなぁ。清花はん、いまの藤原はんみたいに怯えていたわ」

「懐かしいなぁ〜。清花ちゃんにもそーいう時期があったわねぇ」

 みんなが懐かしむようにしみずみと清花を眺めながら語るので、彼女は焦点が花菜から自分に移ったことにやや苦い表情に変わる。

『グレーな記憶呼び起こすんでやめてください。それに、わたしは皆さんのおかげで緩和したんですから感謝していますよ』

 テニス部メンバーの人柄の良さと四天宝寺の気さくさのおかげで、清花の男子苦手意識は大分緩和されたといっていい。いまでは初対面の相手にも自分から声を掛けられるようになったほどだ。

「…違和感の原因はこれかぁ」

 そんなやり取りを眺めていた花菜が成程といったようにぽつりと呟けば、その音を拾った清花が不思議そうに彼女を見つめた。

『え?なに?』

「あ…、その……先輩って、いま皆さんが言っているように、まぁ修先輩達除いても男子苦手だったじゃないですか。だから久しぶりに会った時に、凄く楽しそうに部活の話してたから意外で…。でもこういうことだったんですね」

『いい環境だと思うよ、ここ。花菜も気に入ると思う』

「清花先輩がいる時点で気に入っています!」

 きっぱりと断言してみせた花菜に清花は苦笑を浮かべつつも「良かった」と安堵する。それに、と花菜は続けた。

「先輩が素を出しているから、良い人たちなんだろうなぁって。だって、先輩、修先輩達にだって滅多に素で接しないじゃないですか。だから…」

『花菜、ストップストップ。それ以上言うと…、』

 清花がやや焦ったように花菜の言葉を遮れば、どうしてと言うように彼女は首を傾げる。清花は気恥ずかしいような恐ろしいような思いでそっと視線を白石達へと向ければ、へぇ〜とにやにや笑う彼らがそこにいて、予感が的中したと顔に熱が集中していくような気がした。

「そっかそっか。清花はうちらんこと信頼してくれているんやなぁ!」

「おん、ええこと聞いたわぁ〜」

「もぉ、ほんまに清花ちゃんらぁ〜ぶっ!!」

「浮気か!けどまぁ、わる気はせぇへんよなぁ」

「うむ。チーム愛やな」

『っ……、』

 赤くなったり青くなったりと忙しない清花を、奇異なものを見るように楽しむ彼らを止める手段はないのだろう。彼女は最後の助け舟である財前をちらりと盗み見れば、彼はいつも通りの不愛想な表情を少し緩めており、ふっと息をつくと彼女の肩にぽんっと手を置いた。

「ええこと聞けたし、おもろいもん見れて良かったわ」

『……っ〜〜〜良くないっ!!』

 また珍しく声を荒げて顔を真っ赤にさせる清花に、おお!と感嘆の声を上げる一同とそれを見て声をたてて笑う渡邊監督。そんなやり取りを清花の隣で見ていた花菜は、これから楽しくなりそうだなぁとにこにこと笑っていた。



新マネージャー

第一章 物語の始まり




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