学生・社会人問わずに春のお楽しみといえば、四月末から五月頭にかけたゴールデンウィーク。清花もまた久しぶりに四天宝寺の面々に会えるということもあり、気分も心も弾んでいた。はずだった。
 先日の一件があってからというもの、どうも心が落ち着かないままだ。逐一祓い屋と連絡をとってはいるが、一向にリンフォンは見つからない。たった一日、されど一日経ってしまっているのだ。これが常人の手に渡ってしまっていたらと想像するとぞっとする。

「どうかしたんですか、三輪先輩」

『黒子君』

 しかし現在部活の真っ只中である。清花は休憩に入った黒子の隣に並ぶと、タオルとドリンクを手渡した。「表情が強張っていますよ」と心配そうに見つめてくる黒子に、清花は微苦笑を浮かべ、彼の観察眼には敵わないと肩を竦めた。

『ちょっと色々あってね…』

「ボクでよければ話くらいは聞きますよ」

 黒子の申し出に清花はほんの少し表情を崩して、一拍置いたのち「実は…」と口にした。

『大切なものを無くしてしまって…これぐらいの、立体パズルみたいなものなんだけど』

 無論、依頼のことを口にする必要はないので嘘偽りを並べる。ただし、内容はホンモノなので半分真実だろう。

『それ……取り扱いが難しいんだ。だからちょっと参っちゃってて…』

「そうだったんですか。よかったら、ボクも探すの手伝いますよ」

『ありがとう。そういってくれるだけで嬉しい』

「困っている人を放っておけませんから。なにかわかりやすい特徴とかありますか?」

 清花は黒子の本心からの言葉に一瞬意表を突かれたが、すぐに微笑んでリンフォンの特徴を教えた。そして休憩はすぐに終わり、あっという間に時間は過ぎて部活は終了していた。着替えを済ませた部員一同は挨拶を交わして校外へ出ると、日向と伊月は遅くなったからという理由でリコを送っていくと申し出る。「それなら三輪も一緒に帰ろうぜ!」と言いだした小金井に、清花は家の方向が正反対であることを告げて気持ちだけ有難く受け取っておくと遠慮すれば、「じゃあボク達が送っていきます」と黒子が進言し、清花は一年生集団と共に帰路についた。

『なんかごめんね…。駅までなのに』

「いいんですよ。夜遅くに女性一人で帰るのは危険です」

「黒子の言う通りですって! 今日みたいに遅い日は、また俺らで送ってけばいいし!」

「そうそう!」

 黒子の言葉に賛同する降旗と福田に清花は『ありがとう』と礼を述べれば、火神が「腹減ったー」とぼやく。「どっかで食ってかねーか?」

「火神君…ボクらの話聞いてましたか?」

『まあまあ黒子君。じゃあみんなでマジバ寄って帰ろうよ。わたしもお腹すいた』

「だなー。俺えびフィレオ食いてー」

 呆れる黒子のフォローに入る清花に、河原も賛成というように声を上げれば結局一同はマジバーガーへと寄ることになった。こっそりと黒子が「気を遣わせてすいません…」と清花に耳打ちしてきたが、彼女は気にしていないと笑って首を横に振った。
 注文を終えて各々の頼んだものを運んで席へとつけば、そこから談笑が始まる。火神は今日も変わらずチーズバーガーを十個ほど注文し、降旗達に驚かれていた。

「…元気ないっすね、先輩」

 ふいにかけられた声に、清花の視線が隣の火神へと向けられた。チーズバーガーを頬張っていた火神は横目で彼女を見下ろしており、清花は少し目を瞠れば「部活のときからなんか変だった」と言われ、少し申し訳ない気持ちになる。

「なんかあったんすか」

『…あー、ちょっとね。失くし物しちゃって……大切なものだったから、』

「へー、先輩でも失くし物とかすんだな」

『うわ、火神君失礼』

「すんません」

 本当に悪気はないのだろうなと清花は小さく笑えば、ふと「福田なにソレ」との降旗の声に反応してそちらへと視線が移動する。そしてその瞬間、清花の表情が一瞬にして凍りついた。

「今朝通学路で拾ったんだ」

「パズル? にしてはなんか変わってるよな」

「数えてみたら20面あった」

「なんだそれ、面白そうじゃん! やってみよー『駄目』…へ?」

 降旗の言葉を遮った声は低く硬い、清花のものだった。驚いて彼女へと顔を向けた降旗は、その険しい表情に思わず息を呑んだ。先ほどの穏やかな雰囲気とはまるで別人ともいえる目の前の少女は、睨みつけるように福田の手のなかに収まるそれを見つめている。
 賑わっている店内の雑踏が一瞬にして消え去ったかのように、そのテーブルだけの時間が切り取られたような中にいる彼らは、唖然として清花の顔を見つめていた。清花はやがて福田の手のなかのそれ――リンフォンから視線を持ち上げると、福田を真っ直ぐに見やった。

『福田君。それ、貸して』

「え…、」

『はやく』

「はははいっ」

 福田はその剣幕に慌ててリンフォンを清花へと差し出せば、彼女はそれを静かに受け取り重く息を吐いた。一部始終を見守っていた一同のなかで、一番最初に口を開いたのは黒子だった。

「三輪先輩…もしかして、それが言っていた失くし物ですか?」

『…そう。でも、本当に良かった……』



 ――被害が及ぶ前で。

 そう続けた清花に一同が「は?」と目を丸めるなか、彼女は忌々しげにリンフォンを眺めてぎゅっと鷲掴むと膝の上へと置いた。そして訝しげな眼差しを送っている一同へと深く頭を下げれば、ぎょっと皆一様に目を見開いた。『驚かせてしまって、ごめんなさい』

「いや、確かにビックリしましたけど……それより、さっきの言葉の意味は…」

「被害って、それ、なんか危険なものなんですか…?」

 その言葉に、清花の目が剣呑に細められる。

『興味本位で手を出せば、――…地獄を見ることになるよ

 ぞくり。戦慄が走った。
 まさしくその表現が正しいと思えるほど、清花の低い声に身の毛がよだち寒気がした。
 脅しも兼ねて伝えた言葉は思った以上に効果絶大だ、と清花は内心安堵していた。本当のことを伝えたところで信じてもらえるとは思わない、ならば脅すほかないだろうと実行したのだがこれは期待以上だと満足する。ただ、自分によくない評価はついたであろうが。

「いま調べたんですけど、それ、リンフォンですか?」

 黒子の放った一言に、清花は一瞬なにを言われたのか分からなかった。だがすぐに我に返ると黒子へと顔を向けて『どうして…?』と驚いたまま尋ねる。彼は「調べました」と携帯を見せた。

「三輪先輩が血相を変えるくらいでしたから気になったので。正20面体パズルで検索したら出てきました」

「黒子、そのリンフォンてなんだよ?」

「オカルト…怖い話みたいです。それは極小の地獄の入口、だと書いてありました」

「は…? いやいや、あり得ねぇだろ」

 否定を述べた火神が馬鹿馬鹿しいというように笑うが、コーラの入った容器を掴むその腕が微かに震えていることを清花は見逃さなかった。はっきりと信じることはできずとも、恐怖の種としては十分威力があったのだろう。

『まあ、実物があるなんて、誰も思わないでしょうから』

「…ってことは、それ、ホンモノ…?」

「まままさか…んなわけ、」

『ホンモノと言ったら信じるでしょうし、ニセモノと言っても信じるでしょう?』

 『違う?』と、ことんと首を傾げて見せた清花に、福田はびくりと肩を揺らした。

『…言霊の威力は、大きいからね。まぁ、信じるも信じないもアナタ次第、ってことにしておく』

 そういい、携帯片手に立ち上がった清花は『少し席を外します』と告げてリンフォンを持ったまま店の外へと出ていった。バスケ部一同は表情を強張らせたままその後姿を見送ると、火神がぽつり呟いた。

「…変な奴」

「三輪先輩って、電波なのかな…」

「いや〜……優等生ってカンジしかしないよな」

「確かに…」

 そんな彼らの元に清花はすぐに戻ってくると、何事もなかったかのように席へとつけば、明らかに自分に向けられる視線が奇異なものに気づいて微苦笑を浮かべた。そして福田へと視点を合わせるとお礼を述べた。

『福田君、あれ拾ってくれてありがとう。持ち主が安心してた』

「え、ああ……って、あれ先輩のじゃなかったんですか」

『知り合いのお店に入った窃盗犯が盗んでった代物だよ。大切な品物だったから、探してたんだ』

「なるほど…」

「じゃあ、リンフォンというのは事実ですか?」

 黒子の言葉に、清花は困ったように笑ってゆっくりと頷いた。『うん、紛れもなくホンモノ』

「でっでも都市伝説とかそういうのじゃ…」

『世の中にはね、作り話のなかに真実が紛れていることもあるんだよ。嘘か、真か、曖昧にさせて存在を不確かにさせるのは、隠すためであり同時に警告を知らしめる為でもある。もしくは興味を惹かせるためかもしれない。何にせよ、真偽は誰にも分からないということ』

「だから信じるも信じないもアナタ次第、というワケですか」

『そういうこと。信じろとは言わないし、信じるなとも言わない。結局、すべては自分自身で決めることだから、他人がとやかく言ったところで意味はないんだよ』

 そういいバニラシェイクを啜った清花は「三輪」と背後から声を掛けられ、先日聞いた声だと振り返ればそこには息を切らした久々知が立っていた。彼女は立ち上がって彼へと向き直ると『先日ぶりです』と挨拶を口にした。

「ああ……それで、その手のなかのものが…」

『はい。御察しの通り、盗まれたリンフォンです。簡易結界を施しましたが、破壊は難しいと判断しました。よって、これをとある人物の元で管理して頂こうと思います』

「…信用して、いいんだな」

『ええ。彼らなら、これを厳重に保管することでしょう。此方へ持ち出される心配もないかと』

 その一言に久々知の表情に安堵が浮かび上がる。

「そうか。……すまない、助かった」

『いえ。こちらこそ、ご足労おかけしました』

「元は我が家が招いた不始末だ。きみには尻拭いのようなことをさせてしまったんだ、申し訳ないと思っている」

『とんでもないです。それに家業に携わっている身で依頼をこなしただけです、尻拭いもなにもありませんよ』

 清花の言葉と安心させるような笑みに、久々知は「…そうだな」と笑って彼女の席に着いていた彼らを一瞥する。一通り内容は聞かれてしまっているが、その顔を見るに問題はないようだと判断した久々知は「じゃあ、俺はこれで」と『有難うございました』と頭を下げた清花に小さく微笑んで、踵を返して店を出ていった。

「…どうやら、ホンモノみたいですね」

 ぽつりと呟いた黒子の言葉に、今度こそその場に居合わせた彼らの顔から色が失われた。




リンフォン

Chapter.2 Impromptu




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