誰かさんのせいで翌日――正式には日付は変わっていたので本日だが――ものの見事に清花は寝坊した。重たい頭を動かして確認した時刻は八時十五分、あと二十五分後にはHRが始まっている。勘弁してくれ、と清花は重い息を吐き出して枕元の携帯を手にして通知がきたメールを開いて内容に目を通した後、電話帳を開く。連絡相手は二階下に住む兄・三輪一穂いっすいだ。
 ワンコールで繋がった電話口からは「おっはよう!我が愛する妹よ!!」と、なんとも朝から騒々しい第一声に清花は顔を歪め、そして溜息交じりに『おはよう、兄さん』と返した。

≪どうしたどうした?遅めのモーニングコールか?≫

違う。今日学校休むから連絡してもらおうと≪なにぃ!?清花具合でも悪いのか!?よし、いますぐお兄ちゃんが看病しに≫だからうっせーわボケ人の話は最後まで聞け

≪ちょっと数年前の元ヤン時代に戻っちゃやーよ!≫

戻せるのはあんたぐらいだよ…

 三輪家長兄・三輪一穂(28)は周囲に知れ渡るスーパーシスターコンプレックス、つまるところ度が過ぎるほどのシスコンであった。
 普段は大らかな人柄で人望も厚く、部下達からも信頼を寄せられている有望株であるが、妹が絡むとその人柄さえ一変してしまう。清花も、その妹の海桜も幼い頃からそんな兄と付き合ってきたせいか、言葉を交わすことさえ面倒だと適当な返事を返すことが多い。

『ちょっと昨日仕事関係のことで長引いて寝坊した。それでもって依頼通知が来たからそっちに顔出すことにする』

≪そうか…わかった。ほどほどにな、あんまり無理するんじゃないぞ≫

『ん、分かっているよ。兄さんも仕事頑張ってね』

≪ああ!今の一言で今日一日がハッピーに過ごせそうだ!!おは朝の占いなんかよりもずっと効果覿面で『じゃあね』≫ブツッ ツーツー……

 ほどほどにするのはそちらだ、と清花は脱力すると布団を剥いで起き上がった。そして朝食を軽く済ませて身支度を整え、家を出て目的地へと向かう。通勤ラッシュも通学ラッシュも既に終わっている電車に乗り込み、二駅先で降りると住宅街にひっそりと居を構える和風建築の前に辿り着いた。立て看板には「祓い屋“しき”」の文字。
 清花はその引き戸を開けて「お邪魔します」と声を張り上げて、靴を脱いで上がれば奥から陽の色の頭がひょっこりと飛び出し、端正な顔立ちの青年がやや驚いたように目を丸くした。

「あら、清花ちゃん。今日は学校はどうしたの?」

『おはようございます、しきみさん。寝坊したのでサボりました』

「珍しいわねえ、寝坊なんて」

 樒と呼ばれた男性――声音や外見は男そのものだが、しぐさや口調は女性のものである彼は妖艶な笑みを浮かべて清花を奥へと手招く。そこは八畳ほどの和室でどこかほっとする雰囲気で、樒はお茶を入れて清花の前へと置くと、対面するように座布団に座って湯呑に口つけた。

「それで、今日は誰に用があってきたのかしら?」

『朝早くに宇佐美さんから依頼通知が来たので、詳しい内容をと思いまして』

「あら、そうだったの。生憎、今日は御剣みつるぎと一緒に出ちゃっているのよね」

 そういって困ったように笑う樒に、清花も納得したように『相変わらずお忙しいみたいですね』と笑う。
 ――祓い屋“織”。基本的に怪奇現象の類の事件はどんな依頼内容であろうとも引き受ける霊能者の集まりだ。また万屋としての顔を持ち合わせている為、実質的な何でも屋である。店員はまだ全員二十代から十代と年若いが多方面に秀でたスペシャリスト達であり、いま清花の目の前に座る烏丸からすま樒もその一人である。

「それで依頼の内容って、なんだった?」

『ああ、骨董屋さんからだそうで、詳しい内容までは…』

「骨董屋?」

 思い当たる節があるのか、反応を示した樒に応えるように「ただいま戻りました」と柔らかい声音と共に第三者が音もなくするりと姿を現した。
 音もたてずに中へと入ってきたのは黒髪をハーフアップにまとめた柔和な女性と、癖のある黒髪と長い睫毛が特徴の美青年だった。「それなら俺が説明しましょう」

「久々知、それに咲夜までタイミングを見計らったように現れたわね」

 樒の言葉にくすくすと笑って腰を下ろした咲夜は、清花へ視線を向けるとにこりと微笑み「いらっしゃい、学校はどうしたの?」と尋ねてきたので『エスケープです』と彼女は笑って返した。古くから続く神主の家系に生まれた咲夜も祓い屋に所属する霊能者の一人であり、清花とは何度か一緒の依頼をこなしている仲だ。その隣の青年はまったく見覚えがないために新しいメンバーなのかと不思議に思っていると、咲夜の隣にすとんと胡坐をかいた久々知は清花にふわりと笑いかけた。

「初めましてだな。俺は久々知兵助。羽野とは中高と学友なんだ。きみの話は羽野や烏丸さんから伺っているよ」

『ああ、大川学園の…。三輪清花です、よろしくお願いします』

 久々知と名乗った青年は年の割に落ち着いているように見受けられた。人当たりも悪くなさそうで、咲夜と並んだ姿は双子の兄弟のようにも思えるな、と清花は思った。久々知は手早く咲夜が淹れたお茶を一口飲むと、清花へと視線を据えた。

「依頼主の骨董屋は俺の実家なんだ。そこで俺に連絡が入った。保管していた物が盗まれた、と。危険物だから廃棄しようと思っていた矢先のことだったらしい」

『その物は…どういったものなんですか?』

「俺も詳しいことは聞かなかったが、ただリンフォンという代物らしい」

 それに清花の目つきが一瞬にして鋭利的なものへと変わった。とんでもない代物が盗まれてしまったじゃないか。

「窃盗犯は捕まったんだが、問題は奴が盗んだそれが既に手元になかったということだ」

『それは、どうしてです?』

「逃走していた最中、誤って落としてしまったのだと。間抜けにもほどがあるだろう」

 それには同感だと清花も頷く。だが、問題はそこじゃない。
 清花の目の前に座る樒や咲夜も心なしか真剣な顔つきなのは、ことの重大さを理解しているからだろう。
 リンフォン。綴りを、RINFONE。それは言葉遊びの一種で、アナグラムにより作られた名前。正式名称を、INFERNO。要約すると地獄。つまりはリンフォンとは、極小の地獄の門の入口である。
 見た目は正二十面体の立体パズルのようなもので、興味が惹かれてしまえばきっと手を出さずにはいられないだろう。そしてそれが、最悪の悲劇を引き起こすとも知らず。
 だからこそ清花も樒も咲夜もリンフォンの行方を急いで突き止めなければいけない、と焦りを滲ませている。二人の表情を読み取った久々知は、尚も冷静な態度で言葉を述べた。

「犯人が落としたという付近も口にしたから、既に何人かが捜索に乗り出している。誰の手にも拾われていないことを祈るしかないが…」

『そうですね。では、わたしに課せられた今回の依頼は』

「ああ…リンフォンが見つかり次第、破壊を頼みたい」

 この手の専門家である彼女ならば、との依頼なのだろう。宇佐美さん買い被りすぎだよなぁと思いながらも清花は『わかりました』と依頼を引き受け、リンフォンを落としたという場所を聞き出して見れば、彼女の通う誠凛高校付近だということが分かった。
 これはすぐにでも駆けつけるべきだが、生憎学校側に見つかればエスケープと知られてしまうと翌日に引き延ばすことにして、清花は樒達と情報交換を交えて交流をしたのち、少しの不安を胸に抱きながら帰路へとついた。




[ Postscript! ]
【忍たま乱太郎】久々知兵助。実家を豆腐屋にしてあげたかったんですが、骨董屋に。笑




骨董屋からの依頼

Chapter.2 Impromptu




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