五月二日・土曜日、晴れ。
 今日は九時から五時までみっちりと練習が待っている。だがそんなの苦ではない、と感じるのは清花が選手でないからという理由もあるが、もう一つの理由が大きいだろう。
 ――彼らが、大阪からやってくる。清花のモチベーションが向上するのには十分な理由だった。
 昨日のリンフォンの件は、近々先方に赴いてそれを引き渡せば問題ない。机の鍵がかかった引き出しの中、強固な結界を張られたそれに手出しは不可能だ。持ち帰ったときの異質な感覚は思い出すだけで鳥肌が立つが、一先ずいまは安全だと清花は携帯を起動させればグループラインのトーク内容が溜まっていた。
 ラインを開いてそれら全てを既読し終えて、一言返信を打つと清花は鞄を肩にかけて家を出た。清々しいほどの五月晴れに自然と笑みがこぼれたのは、弾む心ゆえだろう。





 八時十五分――誠凛高校到着。
 やばい、張り切りすぎたかと微苦笑を浮かべた清花は、体育館へとゆったりとした足取りで向かう。無意識とは恐ろしいものだ、いつも以上に気合が入っている。こういう日に限ってヘマしそうだから、慎重にとひとつ深呼吸をすれば「三輪?」と背後から声を掛けられる。

『あ。伊月君、おはようございます』

 振り返った先にいたのは同学年で同じバスケ部所属の伊月だった。伊月はよっと片手を上げて清花へ歩み寄ると「おはよう」と挨拶を返してくれる。

「それにしても驚いた、結構早いんだな」

『少し無意識に張り切りすぎたみたいで…。そういう伊月君こそ結構早いよね?』

「今日は目覚めが良かったんだ」

『早起きは三文の徳って言うからねえ』

「そうだな……はっ!朝食ないと調子良くない。キタコレ!」

ぶふっ…。なに当たり前のこと言ってるの…』

 伊月のくだらないダジャレに思わず噴き出した清花に、伊月は驚いたように彼女を見た。清花はそれに『?』と不思議そうな顔をすれば「三輪…」と伊月が感激したように目尻に涙を浮かべていた。

「俺のダジャレに笑ってくれるなんて…!」

 共感者だと言わんばかりの眼差しを向けられて、清花は「え」と困惑する。『いや、伊月君?…あの』
 四天宝寺にいたらダジャレなんてあのモーホー先輩コンビが嫌でも吹っかけてきたのだ、そのせいで清花の笑いのツボが浅くなってツッコミ気質になってしまったのは仕方ない。
 だから伊月のダジャレが寒いと日向達に遮られたとしても、清花にとってはくすりと笑える笑いの火種と言えた。そんな彼女をよそに伊月は拳を振り上げると(バスケをしている時よりも生き生きしているのではないだろうかと思うほど)瞳を輝かせて意気込む。

「よし!いまからダジャレ百連発を見せよう!」

『あー…伊月君、さっさと準備済ませようよ。はやく体育館行きましょ』

「な、なに…!?」

「お前ら何やってんだ」

 その呆れたような声に清花は救世主がやってきたと胸を撫で下ろし、土田を伴って現れた日向に助かったというような眼差しを向けた。『おはようございます、日向君、土田君』

「ああ、はよー。それでお前ら何してんだ?」

「聞いてくれ日向!三輪が、三輪が俺のダジャレに笑ったんだ!!」

「はっ…?」

「朝から悪い夢でも見たのか、伊月?」

 土田が心配そうに伊月を見つめれば、彼は依然として「夢じゃないって!」と清花をばっと見る。それにびくぅ!と肩を揺らした彼女は『まぁ、笑いましたけど…』と申し出れば日向と土田の顔が驚愕へと変わった。

『でも流石に、ダジャレ百連発はウケないと思うけどね……、ユウジさんのモノマネ百連発は腹が捩れましたけど…』

「いや、後者はしらねーけど…笑ったのか?あの、伊月のダジャレを?」

『え、ええまあ。不意打ちでしたけど。さ、はやく体育館行って準備始めましょう』

 そういって清花が三者をよそに颯爽と体育館へ向かって歩を進めれば、その様子に「気合入っているなあ」と感心しながら三人もそのあとを追うようにで体育館へと向かった。



■  □  ■




 昼休憩を挟んだのち、また午後の練習が再開となる。清花はドリンク作りや、昼休憩を挟む前に洗ったタオル類を干したりとパタパタと動き回っていた。I・H予選に向けて別メニューをこなす黒子と火神の様子を観察したり各々の体調にも気を回しながら、救急箱の中身を確認していればいつの間にやら時間は二時を回っていた。「一端休憩ー」と声をかけた日向に従い、わらわらとコート外に出た彼らに清花は用意していたタオルとドリンクを手渡していく。

「ワリー、三輪。ちょい絆創膏くれ」

『あ、うん。小金井君どこか切ったの?』

「爪割れた」『うわ、痛い。ちょっと待っててね』「おう」

 さっき整えたばかりの救急箱から消毒液と絆創膏を二枚取り出して小金井のもとへと持っていけば、思っていたより出血していなかったことに安堵する。そしてテキパキと処置を施した清花に、「三輪さー」と小金井が指先を眺めながら声をかける。

「今日なんかいつもより動いてるよなー」

『…そう、かな?』また無意識のうちにやってしまったのか、と清花は内心苦笑する。

「うん。気合入ってるっていうかさ、まーいいことなんだろうけど、無茶はすんなよ」

『はい、お気遣いありがとうございます』

 そんな、やりとりをしていた時だった。ふいに体育館の扉が音を立てて開き、全員の視線がそちらへと向けられる。そして清花は『は…、』と思わず口を開いて固まった。

 なぜ、ここにいる…?

 ぽかん、とした清花の見つめる先――体育館の入口に立っていたのは、黒い学ランに身を包んだ、かわり映えしない姿。色とりどりの頭の、個性的な集団。

「おっ!清花おったで!」

「清花ちゅわあん!!会いに来たわよぉー!!」

 真っ先に清花を見つけて手を振る二人組は、紛れもなくラブルスと称されたお笑いテニスコンビ。そんな二人を制したのは浪速のスピードスター。

「アホ。まずは挨拶が先やろ。な、白石?」

「せやで。皆さん驚いてしもうたやろ」

「いっちゃん驚いてんのは当人ですけどね」

 聖書と呼ばれたまとめ役に言葉を添えたのは、天才と呼ばれた相棒。

「それにしても、ちょっと見んうちにまたむぞらしくなっとね」

「ふむ。大人びた印象やな」

「送り出した娘を見るて、こういう感じなんやろか」

 慣れ親しんだ方言に、礼儀正しさが見受けられる佇まい、あと、どうしてそこでボケるんですか副部長。

『どうして……』

 どうにかやっと清花の口から出せた言葉は驚きと喜びが混じっていた。ふらりと立ち上がった清花を見上げた小金井は、その表情が見たことないほどに優しい微笑みを形作っていることに見入ってしまう。
 突然の来訪者と清花を見比べたリコは「えっと…お知り合い?」と困惑気味に首を傾げれば、白石がにこりと人当たりの良い笑みを浮かべた。

「連絡も入れず、突然の来訪すんません。いつもうちの清花がお世話になっとります。うちら、」

「「「大阪四天宝寺男子テニス部です」」」

 口裏を合わせたかのように、ぴったりと重なった幾重もの声に清花はこれでもかというくらいに表情を緩めて彼らの元へ駆け寄った。

『皆さんっ…!!』

 そんな清花を彼らは「おかえり」と出迎えて取り囲んだ。ここに金太郎がいたら間違いなくいの一番に抱きついていたことだろうが、その代わりのように謙也がばっと両腕を広げて出迎えてくれる。その様子に清花は数秒悩んだのち、戸惑いがちに謙也の腕のなか――ではなく、背後に回ってその背に抱きついた。
 勿論、清花が素直に謙也の腕の中へと飛び込むとは予想していなかった一同だが、まさか背後から抱きつくとも想像できずに思わず彼女を凝視する。当の謙也はといえば、腕を広げた体制のまま困惑気味に首を回して清花へと視線を落とす。

「ちょ…、え、清花?」

『なんですか…言いたいことくらい分かってますよ。真正面からなんて恥ずかしくてできっこないですよでもちょっとくらい感動の再会らしく抱きついたっていいじゃないですか』

 そう早口で捲し立て謙也の背に顔を埋めている清花は、耳まで真っ赤にしている様子に四天宝寺一同は一拍置いたのち身悶えし「うちの子まじ可愛えええええええええ!!!」と雄叫びをあげた。




西の女殺し集団、来訪

Chapter.3 Rondo




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