謹啓 三輪清花様

若葉の色も鮮やかなころを迎えました。
まずは突然の手紙をお許しいただきたく思います。見ず知らずの相手からの手紙で、きっと不審に思われたでしょう。
改めまして、私の名前は奥村雪男と申します。
幼い頃に、一度だけ貴女様と対面したことがあると伺いましたが、生憎うろ覚えであまり印象がありません。貴女様は覚えているでしょうか。
もしかしたら御父上様から聞き及んでいるかもしれませんが、念のために手紙を書いた所存です。この度、といいましてもひと月も前のことになります。

最愛の父・藤本獅郎が魔神サタンの手にかかり、この世を去りました。
私と兄は悲嘆にくれましたが、現在は父の旧友であった人の元で祓魔師になる為に修行をしています。
その父の旧友・ファウストさんより貴女様ことを聞かされ、かつての命の恩人である貴女様に感謝を述べたくこの手紙を書いた所存です。
本来は直に御礼を言いたいのですが、兄も私も学生で忙しい身でありますので、直接会いに行くのは難しいですが、いずれきちんと挨拶をしたいと思っております。
末筆ながら、貴女様の今後のご健闘とご健康をお祈り申し上げます。

謹言 奥村雪男










『……いきなり夜中に訪ねてきたので、どういった了見かと思えば…、』

 清花は読み終えた手紙を畳んで封筒へ仕舞いながら、目の前で優雅に紅茶に口づけている人物へとぼやいた。ピエロを思わせる奇妙やスーツにマントを纏う男性は、にやにやと笑って足を組み直した。

「それで?感想は聞かせて頂けないのですか?」

『私情ですよ。第一、わたしのことをどこまで彼らにお話になったのかが気になります』

「遠まわしに信用ならないと仰っているので?」

『ええ、勿論』

 率直な意見を述べた清花にヨハン・ファウスト五世――またの名をメフィスト・フェレスと名乗る男は心外だと軽快に笑った。

「やれやれ。私も随分嫌われたものですねえ」

『貴方は苦手ですよ。何を考えているかわからない、何をしでかすかもわからない、正しく未知数なんですから』

 はあ、と盛大な溜息を吐いた清花はこくりと喉を鳴らして紅茶を飲んだ。メフィストはそんな彼女を満足そうに眺めて口元に弧を描く。
 清花とメフィストの付き合いは十年来だ。祖父にメフィストを紹介された彼女は、いまでも当時のことを鮮明に覚えている。なにせ外見がいまと一切変わっておらず、飄々とした態度で接してくる様は、幼くして聡明であった清花にとって不快でしかなかった。
 当初こそあからさまに態度や言葉に不快感を示すことはなかったが、歳を重ねるに連れて猫を被ることの無意味さを理解したいまでは本音をぶつけることのできる数少ない人の一人になる。
 呆れた眼差しをメフィストに向けた清花は、ソファへと背を凭れかけた。

『わざわざ貴方自ら赴く必要性があったので?』

「おや、釣れないですねえ。三年前の上一級試験に合格して認定証明書を授与したとき以来、全然コチラに足を運んでくれないのですから顔を見に来たというのに」

『元々其方と深い関わりはありませんのでね。わたしは悪魔専門ではなく、総合一般的な知識が欲しいだけです』

 清花は三年前――中学二年生の春の終わりに上一級祓魔師の称号を取得し、史上最短称号者として上層部から一目置かれていた。だが彼女自身与えられた階級にこだわりはなく、ただ仲間を守るための退魔の知識と強い力を欲して合格しただけだ。元より依頼でもなく、自分や周囲に害がなければ悪魔祓い等を進んで行うことはしない。だからこそ彼が理事長務める正十字学園への進学の誘いを断った。目の前の悪魔に良いように扱われるのは目に見えていたのだ。

「貴女ほど得手不得手に左右されずに何でも器用にこなす万能で優秀な方はいないというのに、勿体ないことですよ」

『なんとでも。………それで、藤本神父はお亡くなりになられたのですね』

「ああ、手紙に書いてありましたか。御父上から聞かされていなかったので?」

『一切聞いておりません。推測するに、転学の矢先に訃報を告げればわたしに負担を掛けると踏んで伝えなかったのでしょう』

 あの心優しく我が子への配慮を怠らない父のことだ、と清花は微苦笑を浮かべながら藤本へ追悼の思いを馳せた。
 清花が藤本と初めて顔を合わせたのはメフィストと会う少し前のことだ。祖父と父に連れられて敷居を跨いだ修道院で、同世代の双子の男児に振り回される姿が印象的だったことを思い出す。それも含めて彼と対峙したのは十にも及ばぬほどだが、彼の大らかな人柄には父とは違う温かさを感じていた。最後に会ったのはもうずいぶんと昔のことだが、脳裏には鮮明に当時の思い出を呼び起こすことができる。
 その中で双子のどちらだったか、悪魔ではなく悪霊にとり憑かれそうになったのを清花は助けたことがある。悪魔とは違い、魔障を受けたからといって視えるわけではない悪霊の出現にいち早く気づいた清花は、適切な対処を行いその場はなんとか収めることができた。だがその騒ぎに乗じて悪魔がとり憑こうとしており、もう片方には完全に憑依してしまい、急激に衰弱し命に危険が及んだ彼をまだ未熟な悪魔払いで救出した。
 その場に居合わせなかった大人達――というのも確か外で遊んでいたからだと記憶する――の元へ二人の手を引いて急行した清花が息も絶え絶えに事情を説明し、顔色を変えた大人達が浄化の処置を施して清花に礼を述べたことは懐かしい。その際に藤本が双子よりも一つ年上であった清花に深く頭を下げて礼を口にして、安堵の笑みを浮かべて頭を撫でてくれたのは一生忘れられないだろう。
 その藤本が亡くなった事実に、実感が沸かないが小さな蟠りが心の底に落ちた。

「…浮かない顔ですね。まあ、無理もないでしょうけど」

『……フェレス卿、頼みごとを聞いて頂けますか』

「私に貸しをつくるのは嫌なんじゃないんですか?」

『無論。でも、わたしもそう簡単に墓参りに行けそうにないので、貴方に頼むしかないんですよ』

「実に日本人らしい律儀で殊勝な心がけだ。けど、私への貸しは大きいですよ?」

 にんまりと微笑んだメフィストに、清花は肩を落とすが訂正するつもりはないと意志の強い瞳を向けた。そんな彼女にくつくつと喉を鳴らして笑ったメフィストは「いいでしょう」と銀でできた装飾の凝った鍵を手渡した。

「これを貴女に授けましょう。どこの扉からでも一瞬で正十字学園の理事長室へ入ることができます」

 貸す、ではなく、授ける、と言ったメフィストに疑念を抱きながらも清花は鍵を握り締めた。

『では、有難く頂戴します』

「いつでも歓迎しますよ。まあ私がいつも理事長室にいるとは限りませんがね」

『それが立場上なのか、それとも自由奔放なところなのかは置いといて、了承します』

「酷い謂れようだ。では、邪魔者は早々に退散するとしますよ」

『かれこれ二時間居座っといて早々はないんじゃないですかね』

 時計の針はとっくに一時を回っている。突然乗り込んできて本題ではなく無駄話を一時間以上もされれば当然と言えば当然だが、明日も学校である清花は非難の目を向ける。そんな彼女を「まあまあ」と宥めたメフィストは玄関の扉からではなく、リビングの扉から正十字学園へと扉を繋いで、彼女へ恭しくお辞儀をした。

「では近い内にお会いできることを楽しみにしておりますよ。Buona notte signorina.おやすみなさい、お嬢さん

 そういい扉の向こうへ消えていった背中を見送った清花は、欠伸を噛み殺して襲ってきた眠気に応じるように寝室へと向かった。


[ Postscript! ]
【青の祓魔師】メフィスト・フェレスは主人公の祖父と旧知の仲設定。
お仕事関係上、じい様は交友関係が広いです。世界各地に友人います。




真夜中の訪問者

Chapter.2 Impromptu




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