その後現場検証のために公園付近に移動した一同は、遠目に様子を伺う清花を見守っていた。そして彼女はやがてゆっくりと息をはくと、目を細めて呟きを漏らした。

『……あー、これは…』

 この場に居合わせているものは既に心霊・怪奇現象の恐怖体験者達だ。ある程度の知識はつけられているが、本業としている清花の判断がなにやら良くなさそうだと察知し、切原がおずおずと尋ねた。

「え、なになにやばい系?」

『ええ…割と初期のやばい感じかと。御仏であった中陰の間が過ぎて、輪廻の軌道に乗ることができなかった。想いや未練があるせいで、成仏せずに留まってしまったようです』

「うぉう……そんで?」

『その想いや未練が強すぎるために霊体としての自我が崩れ、本能のままに動く悪霊になりかけているといったところでしょうか』

 簡潔に、しかし淡々と解説を口にする清花に一同は「うげぇ」と顔を顰めた。実に素直なことである、と思いつつ清花は微苦笑を浮かべて、さてと、と腰を上げた。

『被害が出る前に終わらせますね』

「お、おう…」

「久々に見るな、清花の除霊」

『いや危険なのでココで待機しててください。面白半分でついて来ようとしないでください』

「清花がいれば大丈夫だろ!つか、ちゃんと除霊したとこ見とかねぇと怖くて通れねーし」

「幸村君にもちゃあんと報告するように言われてるからな〜」

「……清花、諦めろ」

 ぽん、と友梨が肩を竦めて清花の肩を叩けば、彼女も諦めを悟ったように表情を落として仕方ないと嘆息する。『なら、手伝って頂きますよ』

「え、マジ?」

「なにすればええんじゃ」

『簡単なことです。手持ちの携帯から大音量で般若心経流してください』

「「えっ」」

「了解、んじゃ行くぞお前らー」

「足手まといになりなさんなよ、赤也、ブンちゃん」

 清花のあとに携帯片手に続く友梨と仁王の対応能力の素早さに、呆気にとられながらも慌ててその後に続く切原と丸井。動画サイトやらなにやらで般若心経の用意を済ませた彼らは、目的地へと早足で向かう清花と一メートルほどの距離を置いて歩いている。
 そして公園が目前となったところで、清花はぴたりと足を止めて肩にかけていた鞄を下ろすと、飾りとなっていた数珠を外して鞄を友梨へと手渡した。「それ飾りじゃなかったのかよ」と丸井が思わずツッコミを入れる。

『実用性を兼ね揃えた優れものですよ。第一、異空間に飛ばされたときみたいにそうホイホイと剣とか銃とか持ち歩いてたら銃刀法違反で捕まります』

 持ち歩いてるのは事実ですけど、と清花は右耳に髪をかけて太極図ピアスのキャッチ側についている扇型の飾り――別名・四次元ポケットに触れた。「結局あるじゃんかよ」とぼそりと呟いた切原が、こっそり仁王に脛蹴りを食らったのを丸井は見た。
 清花はそんな彼らを気にも留めず、事故現場であろう花やお菓子が供えられている場所をじっと目を凝らして見つめていた。やがてずずっと、コンクリートの地面から黒いスライム状のものが這い出てきて、それは靄へと変わり人の形を成していく。腐臭と少しの瘴気を纏ったそれに、清花は恐れることなく近づいていく。

『《オン、アジャラセンダ、ソワタヤウン》』

 自身が瘴気に侵されないようにと素早く浄化の呪文を口にし、じゃりと数珠を鳴らして周囲の気を晴らす。そして一度友梨と視線を交わせば彼女は大きく頷いて見せ、瞬時に四人の携帯から大音量で般若心経が流れ始めた。
 そしてそれは、か細い声で何かを呟き始めた。

「…さみしい、さみしいよぉ……」

 すすり泣く声は少女のもの。ふっと姿を現した幼い少女は事故当時を振り返るような真っ赤な衣服を身に纏い、見ることすら厭うような姿で彼らを捕らえた。清花は背後で嘔吐を覚える気配を感じながらも、その眼は霊を捉えて放さない。

『…だいじょうぶ、すぐに寂しくなくなるから』

「さみしい、さみしい………ねえお姉ちゃん、いっしょにいて…いっしょに」

『ごめんね。お姉ちゃんはまだそっちにいけない』

「なんで…なんでだめなの? おねえちゃんもいっしょがいいよ……わたしひとりじゃさみしいよ、ひとりぼっちはいやだよ…やだ、やだやだやだやだやだやだやだやだ!!

 瞬間、ぶわりと足元から黒い瘴気と風圧を放った少女に清花は目つきを険しくさせると、じゃらと数珠を鳴らして口早に神咒を唱える。

『《八方神息、神感息徹、長全大分之一、六可之霊結、水者形体之始、神者気之始、水者精野本、神者生野本也。五火四達長幸之堅、五木下立達遠年之台、三土昇気風感之速、白方金光入幸之全、木火土金水の神霊、巌の御霊を幸給へ》』

 ぱんぱん!と柏手を二回打ち、さらに唱えを続ける。腐臭が鼻について、顔を歪めてしまうのは仕方ない。

『《仰ぎねがわくば請願成就如意満足急々如律令》』

 最後に一際大きく柏手をうてば、清花から清浄なる気が放たれて少女を包み込み、彼女の身に纏っていた瘴気を絶った。

『《天の息、地の息、天の比礼、地の比礼、トオカミ、エミタメ、トオカミ、エミタメ、トオカミ、エミタメ……》』

 そして光に包まれて姿が消えた少女は「おねえちゃん……ありがとう」と小さくお礼を告げてテニスボール程度の丸い球体――魂魄へと変わると、空高く舞い上がって消えていってしまった。
 それを見送った清花はじゃらんと数珠を手に巻きつけて、その場で合掌をする。

『《身を妨ぐる荒御前、皆去りはてて憂うことなし》』

 最後に清めの神咒を唱えて数珠を二度きり、一拍置いたのちにふっと息をはいた。そしてまだ大音量で般若心経を鳴らす背後へと振り返り、『終わりましたよ』と声をかければ音が止み、切原と丸井がどっと疲れたようにその場にしゃがみ込んだ。

「ひ、久々に視たけど…いいもんじゃねぇな」

「視慣れてるはずなのに、やっぱ、いざ対面するとキツいわ…」

「よりによって立海生の親族だもんなー。赤の他人ならまだしも…」

 そんな二人に呆れたように笑う友梨と、清花を労う仁王。そして仁王の提案により、公園から徒歩十分圏内にある花屋にて白百合を購入し事故現場へと供えた。「デキる男は違うね」とからかうように仁王と切原達を交互に見やった友梨に、憤慨した切原達と論争する羽目になったのは余談である。

「…帰るか」

『…そうだね』

「うちに顔出していきんしゃい。母さんが喜ぶぜよ」

『うんっ』

 そしてそんな論争を続ける三人を尻目に、清花と仁王はそそくさとその場を離れたのもさらに余談である。




未練の少女 U

Chapter.2 Impromptu




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