清花が友梨に連れられてきたのは、立海大附属高校付近にあるサイゼリヤだった。中へと入れば「いらっしゃいませー」と店員が出迎えてくれたが、友梨が「待ち合わせなんで」とずかずかと中へと踏み入っていくのを、清花は『すいません、』と店員に一言述べて微苦笑を浮かべてついていく。
 そして友梨についていった先、店内の奥の方の座席にはカラフルな頭の、お馴染みの面子が揃っていた。その中でいち早く二人に気づいたのは手前側に座っていたその髪質からワカメとからかわれる、切原赤也だった。

「おっ、来たな!清花久しぶりだな!!」

『切原君!それに丸井先輩に仁王先輩、お久しぶりです』

 いたのは同級生である切原と、その先輩である丸井と仁王だった。相変わらずの三人は清花に笑みを浮かべて手招き、座席移動をして二人もまた腰かけた。奥のソファ席に丸井・切原・友梨、手前側に清花と仁王が並んで座る。

「ひっさしぶりだなぁ!一年ぶりくらいか?」

 丸井がぷくぅとガムを膨らましてテーブルに頬杖をついた。今日も今日とてグリーンアップル味らしい。どこか大人びたような気がするのは、二年も経過していれば当たり前なのだろうか。

『関東と関西じゃ会う機会もないですし、先輩達が高校に進学して尚更ですかね。変わりなく、お元気そうでなによりです』

「清花は相変わらずチビじゃが、綺麗になったのぅ」

「仁王、喧嘩売ってどうすんだ。つか二人共連絡とってただけで会ってねーの?」

 友梨の問いに、仁王と清花は互いに顔を見合わせて笑う。

『昨年は色々多忙で会いにこれなかったんだよ。お盆にでも一度顔を出しに来ようかと思ったんだけど、そんな暇すらなくて…。でもまあ、そうこうしているうちにコッチに転校することが決まったからね』

 “先輩”と呼んだ瞬間機嫌を損ねて清花をじとりと睨んだ仁王に、彼女は苦笑を浮かべて訂正すると満足そうに彼は弧を描く。
 清花と仁王は血の繋がった種違いの兄妹だ。それを知ったのはいまより三年前――中学二年生のときであるが。そのことを知っているのは、その場に居合わせた立海や四天宝寺といった合宿に参加していたメンバー達(といってもそれなりに人はいた)だ。当時は互いにそのことを受け入れられずにいたこともあったが、いまでは和解しており仁王家に招かれるほど仲は良好である。

「そんでお前がコッチに転校してきたって友梨から聞いてさ、ちょうどいいやと思って呼んだワケ」

『そうなんだ…って、ちょうどいいって、どういうこと…?』

 切原の一言に引っ掛かりを覚えた清花が首を傾げれば、驚いたように切原は目を見開いたあと友梨へと視線を移した。

「ちょっ、友梨お前説明してねーのかよ!」

「うん。みんないる場で説明した方がいいかなーって思って。あれ、事前に言っといた方が良かったカンジ?」

「友梨……清花の都合もあるじゃろ。そういうのは先に説明しておくべきぜよ」

 三者は呆れた眼差しを友梨へと向けるが、彼女は悪びれた様子もなく「あはは、ごめんごめん」と笑い、そして清花へと向き直った。

「練習試合後に突然迎えに行ったりしてごめんな。実はちょっと頼みたいことがあってさ」

『…その感じだと、仕事系だね』

 雰囲気だけで読み取れてしまうのは流石心友といったところだろう。片目を眇めた清花は苦笑する仁王にぽんぽんと肩を叩かれ、各々がドリンクを持ってきたあと本題へと切り替えた。

『それで、頼みたいことって?』

「あーそうそう。それで、だ。赤也」

「俺に振んのかよ」

「発端はお前だろ」

 切原と友梨のやり取りは男友達のような軽さで行われるのは、中学時代から見慣れている。中性的な顔立ちをしている友梨は、先日清花が聞いたところによると身長が念願の170センチ台に到達したらしく、ガッツポーズを取って喜んだそうだ。
 そんな彼女は美人であるが男兄弟の中で育ったためか、性格は男勝りでそこらの男子よりも頼りになるだろう。だから立海テニス部でマネージャーを務める彼女は陰湿なイジメにあうこともなく、部員達と対等に渡り合って信頼を築いてきたのだと、清花は感心してしまう(だからといって先輩相手に敬語も抜きでタメ口きいているのはどうかと思うが、もはや直しようがないので仕方ない)。
 切原はストローから口を離すと、相変わらずの癖毛頭をガシガシと乱暴に掻いて清花へと視線を寄越す。

「あー、実はよ。ふた月ぐらい前の話なんだけど、学校の近くにある公園の手前で交通事故が起きたんだよ。ひき逃げ事故」

 そういって、切原の話は始まった。










 被害者は立海に通う生徒の妹でさ、幼かったから即死。地元でちょっとした報道にもなって、犯人もすぐに捕まったんだよ。公園の手前の横断歩道の前には花とか、毎日のようにお供え物があとを絶たなかったのはよく覚えてるわー。
 そんでさ、最近になって変な噂が飛び交うようになったんだよな。夕暮れ時、ちょうど事故が遭った時間帯になると、その公園の手前からすすり泣くような声が聞こえるんだと。横断歩道を渡り終えた場所あたりから聞こえるって話。
 それが聞こえた奴は泣いている奴がいるって思って辺りを見渡すんだけど、誰もいないわけよ。んで不思議に思って公園を見てみるんだけど、泣いてる奴なんていねーの。号泣している子を見つけたって話も聞いたけど、すすり泣いてるんじゃねーだろ?
 そっから被害に遭った奴が寂しくて泣いてるんじゃないかって、噂されてるんだよ。実害があったって話は聞かねーけど、ほら、俺ら一応色々体験しているワケじゃん? なにかあってからじゃ遅いだろ。だから清花がコッチに引っ越してきたって聞いたから、確かめてもらおうかと思ったワケよ。










『……成程ね』

 全てを話し終えた切原に、清花は神妙な面持ちで顎に手を添える。そして下に落としていた視線を上げるとぐるりと一同の顔を見て切原へと視線を置く。

『念のため確認したんだけど、テニス部関係者、近づいたりしていないよね?』

「ったり前だろ。わざわざ自分を危険に晒すような真似しねーし」

 そう答えた丸井に同意するように切原が激しく頷いた。

「特に仁王先輩なんて話聞いてから絶対に近づかないようにしてますしね!」

「力が強いと厄介なんに巻き込まれるき。極力近寄らん方が身の為じゃ」

「幸村君なんか、わざわざ通学路変えてんもんね」

『それ聞いて安心した。興味本位で近寄ったなんて言ったら今頃地獄を見ていたと思うよ

「はははっ、そりゃ実害に遭うよりも清花の延髄斬り喰らうな!

『いや、今回は地獄突きだけで済んだよ』

どれにしろ怖ぇーよ……

 顔を引き攣らせる切原に、清花は『ん?』と微笑を湛えたまま首を傾げれば、彼は持ち前の反射神経で即座に視線を逸らした。それを右隣に座っていた丸井が乾いた笑みを浮かべて横目で見つめ、反対隣の友梨が頬杖をついてにやにやと笑う。
 それにやれやれと嘆息した仁王は隣の清花へと顔を向けると、友梨と同様に頬杖をついた。

「薄々気づいてるみたいじゃの」

『話通り、被害者の霊かと。ただ、中陰を過ぎてしまったのなら少々厄介ですよ』

「中陰?」

『わかりやすく言うと、四十九日のことです。死者がこの世に留まっている期間であり、あの世へと飛び立つ期間と解釈するのがいいでしょう。つまるところ、その間にあの世へ飛び立たなければ地縛霊と化し、害をなす惧れがある』

 ふた月前に起きた事故なら、中陰を過ぎていてもおかしくはない。
 今回彼らは迎えに来なかったのか、と思案しながら清花は鞄の飾りとなっている天眼石の数珠をじゃらり、と握った。




[ Postscript! ]
仁王と主人公の関係性については、中学編で暴かれます。
糞みたいに複雑な家庭事情(?)です。

未練の少女 T

Chapter.2 Impromptu




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