あっという間に日は経ち、日曜日。誠凛高校バスケ部は神奈川へと降り立つと、海常高校の校地内に踏み入った。清花は二度目の海常なので体育館の場所は把握しているが、流石に先頭切って歩くわけにもいかないので黒子の隣を大人しく歩いている。

「おお〜広〜〜。やっぱ運動部に力入れてるトコは違うねー」

 先頭にいる日向に同意するように、小金井が「うっひょー」ときょろきょろとあたりを見渡して伊月に注意されている声が聞こえる。隣では寝不足の火神に呆れる黒子のやりとりが聞こえるが、清花は口出すつもりはない(黒子の一言は辛辣だったとは思うが)。
 すると「どーもっスー!」と遠くから駆け寄ってくる黄瀬の声が聞こえて、清花と火神は同時に反応する。『あ、黄瀬君』「黄瀬…!!」
 黄瀬はリコや日向の前で立ち止まると、にこやかに挨拶を口にする。

「広いんでお迎えにあがりました」

「どーも」

 軽い挨拶を交わしたリコと黄瀬に火神が詰め寄るが見事にスルーされ、彼は真っ直ぐに黒子の元へと歩いてくる。清花は嫌な予感がして土田と水戸部の後ろへと移動し、様子を伺いながらも火神の怒りゲージが上がらないことを危惧しながら様子を伺う。

「黒子っち〜ウチにおいでって言ったのに、あんなアッサリフるから…毎晩枕を濡らしてんスよも〜…」

 ――すげーわざとらしいけど、黄瀬君だから許されるんだろうなあ、アレ。
 などと二人のやりとりを先輩達と眺めていた清花に、話を終えたらしい黄瀬が気づくとぱぁっと笑顔を浮かべて近寄ってくる。それを見た彼女は一瞬彼が大型犬に見えた気がしたが、一瞬にして清花の前に移動した黄瀬にびくっと肩を揺らした。

「清花っちセンパイ!この前振りっスね」

『あ…うん、今日はよろしくね。あの後調子はどう?』

「もう絶好調、お守りの効果バツグン!清花っちセンパイには感謝してもしきれないっスよ」

『それなら良かった』

 互いに言葉と笑顔を交わせば、「ちょっと待って!」とリコが慌てて会話を割って入ってくる。

「清花ちゃん。黄瀬君とどーいう仲なの?」

『ああ。この前の仕事先が海常高校バスケ部だったの。それで少し仲良くなった…のかな?』

「清花っちセンパイはオレの命の恩人スからね!もうほんと姐御ってカンジで」

『姐御いうな。それより海常の皆さんを待たせてしまっているのでは?』

 清花はやや呆れ交じりに促すように尋ねれば、黄瀬が慌てたように日向達に向き直って体育館へと案内してくれる。それに小さく笑った彼女に、黒子が「三輪先輩」と声をかけてきた。

『どうしたの、黒子君?』

「黄瀬君に認められたんですね、驚きました」

『え?ああ、あの呼び方ね……認められたっていうか、助けただけなんだけどね』

「命の恩人と言っていましたが、彼の身になにかあったんですか?」

『…ちょっとね。そういえば黒子君は黄瀬君と同中出身だったんだよね?』

「はい。ですから色々と知っているんです。黄瀬君のファンからの過激なプレゼントとかストーカー被害とか、他にも色々と」

 でも黄瀬君も色々厄介な人柄でしたし…当時は女癖も悪かったので自業自得です。と辛辣な言葉を続けた黒子に清花は微苦笑を浮かべて『ああ…』と納得せざるを得ない。あのルックスでモデルというレッテルがあれば近づいてくる女子は後を絶たないだろう。より取り見取りなんだろうなと彼女は内心呟いた。
 そして体育館へと到着し、中へと入ればハーフコートで片面では練習が行われていた。誠凛メンバーはそれに「えっ…」とあからさまに態度を変え、清花もこれには『あの監督さんだしなぁ…』と笑うしかない。そうこうしている内に武内が誠凛一同に気づくと、リコと彼が挨拶を交わす。その会話がどんどん此方側の怒りゲージを上げていくので、さてどうしたものかと思い彼女はそっとリコの横へと移動した。

『先日ぶりです、武内さん。その後変わったことは起こりませんか?』

「っ!!お前はこの前の…!」

『その調子ですと、だいじょうぶそうですね。安心しました』

「誠凛バスケ部のマネージャーだったのか…」

『一つ付け加えるなら、“臨時”マネージャーです。今日はよろしくお願いしますね』

 にこにこと笑顔で挨拶を口にする清花に顔を引き攣らせる武内。その様子を不思議そうに眺める誠凛メンバーだが、清花はすっと瞳を細めて一度練習をしている片面へ視線をやる。

『それで…まあ、いまの話を聞いていましたが……強豪校の海常高校ともあろうものが相手を舐めてかかるなんて嘆かわしいことですね。古く伝統もある所ですから礼儀を重んじているかと思えば、このザマですか』

 はあぁぁあ、とわざとらしく深い溜息をついてみせれば、武内も海常並びに誠凛のメンバーも絶句する。

『まあ創立二年の学校ですし?決勝リーグ止まりですし?全国クラスに比べれば劣るかもしれませんけど、その新鋭チームに練習試合と言えど下剋上されたら面子も何もありませんよねえ?ふふふふ…

「三輪…?」

「え、あの…清花ちゃん?」

「姐御…なかなかブラックっスね」

ん?なにかいった黄瀬君?

「Σなななんも!」

 微笑んでいる清花の後ろに黒い般若が見えた、とその場に居合わせた者達はのちに語ったという。
 その後の試合は練習試合とは思えないほどに壮絶だった。スコアを記録していた清花も白熱したコート内に目を奪われた。テニスとはまた違う面白味を感じられ、そして惹かれるものもあった。充実した40余分の終了の合図――結果は100対98で誠凛高校が勝利を収めた。

『皆さんお疲れ様です』

 喜びに打ちひしがれる一同に、テキパキとタオルとドリンクを渡していく清花の表情も心なしか緩んでいた。特に試合を盛り上げてくれた後輩である黒子と火神には今後の期待を抱かされたのは言うまでもない。

『二人共お疲れ様。黒子君、具合はどう?』

「ありがとうございます。少しふらふらしますが、問題ありません」

『リコさんとも相談して、この後病院で診てもらうから安静にしててね。火神君はしっかり水分摂ってそれからマッサージ。かなり体力消耗しているから、今日はゆっくり休んで』

「おう、サンキュ…です」

 そうしてマネージャー業に明け暮れているとき、「ちぃーっす」という気だるげなアルトボイスが聞こえて、清花は思わず声の方へ顔を向けた。
 そこには先日再会を果たしたばかりの心友の姿。その後ろには彼女の父である流川が、これまた気だるげに立っていた。友梨は清花を見つけると、満面の笑みを浮かべて駆けてくる。「清花ー!来ちゃった!」
 そういってぎゅうっと清花に抱きついた友梨に、清花は驚きつつも笑みを浮かべた。

『友梨!びっくりした、来るなら教えてよ』

「サプライズだよ!つーかもう終わった感じかー残念」

 「アタシも一戦交えたかったなー」とぼやく友梨を嗜め、清花はゆったりとした足取りでやってきた流川に気づくと、やんわりと友梨の腕を解いて彼へと頭を下げる。

『楓さん、こんにちは。先日はありがとうございました』

「おう…」

『…?』

 どこかそわそわとした様子の流川に清花が首を傾げれば、友梨が軽快に笑う。

「父さん雰囲気でバスケ魂疼いちゃったみたいだわ」

『ああ、通りで。現役退いてもバスケ好きは変わりませんもんね』

 流川のバスケ馬鹿ぶりは、この場にいるプレイヤー達に勝るほどだろうし、彼のチームメイトであった赤髪のバスケ馬鹿と同等だ。モップがけが行われているコートを眺める流川に、彼の存在に気づいた武内が、瞬間顔を強張らせて「あ゛あーっ!!?」と流川を指差し悲鳴をあげた。

「流川っ!?お前なんでココにいるんだ!!」

 どすどすと大股で流川に近づいてきた武内に彼は怪訝そうに顔を顰めると、じぃっと武内の顔を見つめて、ぽつりと呟いた。「誰だオマエ
 その一言に顔を真っ赤にして頭に血を上らせた武内は、掴みかかるように怒鳴り声を上げた。

「武内だ!お前はロクに先輩の顔を思い出せんのか!!」

「……ああ、アンタか。太っててわかんなかった

「黙れ!!」

 ドストレート発言の流川に頭から蒸気を吹きだした武内とのやりとりを見ていた友梨が、そんな父親を見上げて尋ねた。

「なに、父さん知り合い?」

 その一言に一度怒りを収めた武内が、じろりと友梨へと視線を向けた。

「父さん?…流川、お前の娘か」

「…まあ。武内さんとは全日本時代で一緒だった」

『あ、そうだったんですか。じゃあ叔父さんも世話になっているんですね』

 へえ、と清花は友梨と二人で武内を見つめていれば、彼は流川に「どうしてココに」と詰め寄っている。それに鬱陶しそうに適当な返事をする流川に、武内が青筋を立てて憤慨していれば伊月が「えぇ!?」と声を上げた。

「流川って、あの元全日本代表の流川選手か!?」

「え、伊月…全日本って」

「十年程前、全盛期当時の全日本選手だよ。そんで流川選手って言ったら16歳で全日本高校選抜のメンバーにも選ばれた大物だぜ」

「マジかよ…!三輪はそんな大物と知り合いだったのかー」

 近くにいるというのに遠巻きにそれを眺める誠凛メンバーと海常メンバー。黄瀬に至っては「通りで見覚えが…」と呟いていたが清花は知る由もなく、その後なんやかんやで話をまとめた友梨に連れられて、誠凛一同に別れを告げて彼女の目的地へと向かった。
 ちなみに流川は武内に捕まったせいで、その後の練習に付き合わされたという話を清花は後日聞くことになる。

練習試合 IN 海常高校

Chapter.2 Impromptu




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