清花はわざわざ娘の申告で迎えに来た流川と海常高校を後にすると、そのまま流れで流川家へと赴き、部活を終えて帰ってきた友梨と久しぶりに再会を果たした。そしてそのまま夕食をご馳走になり、次の日曜日に海常との練習試合があることを告げて、あまり遅くならないうちに神奈川から東京の自宅へと戻り祓い屋へと軽い報告を済ませて就寝した。
 そして翌日。いつも通り快調な目覚めで起きた清花は、いつもより少しだけはやく学校へと向かった。バスケ部は殆ど朝練というものがないからか、テニス部だった頃の習慣が身に沁み込んでいる清花としては、朝の調子がいまいち乗らないのは仕方ないことだろう。そして何気なしにボールの打ち合う音を耳が拾い、誘われるがままバスケ部が使用する体育館の隣のテニスコートへと足を運んだ。

『あ、やってるやってる』

 “西の女殺し集団”の異名を持つ四天宝寺や“ホスト軍団・氷帝”に比べればフェンスの周囲に人集りはなく、気を散らすような熱烈コールや黄色い悲鳴がないのがなぜか新鮮に思える。それが当たり前だというのに、数年の間にずいぶんと習慣が染みついてしまったらしいなと清花は人知れず苦笑する。
 どうやら四面あるコートの内、右半分が男子、左半分を女子が使用しているらしい。清花はその真ん中へと立ち、見知ったクラスメイトの姿を探せば、案外すぐに見つけることができた。

『裕太君も杏ちゃんも、実力あるから一際目立って見えるなー…』

 一年生は球出し、二・三年生は自主練形式の朝練のようで、二人は調整を行っているのか軽い打ち合いをしていた。それにしても男女とも学年抜きに二人が圧倒的に強い、テニス部のエースと見て取れてもおかしくないほどだ。スポーツは実力世界とはいえ、どっかのルーキーさん達みたいに生意気と思われなきゃいいんだけどねとつい不安に思ってしまうのは、清花が彼らを間近で見てきたせいもあるのだろう。ただ二人の人となりを把握している彼女はそれほど心配はしていない。むしろ活気あふれた中心人物として周囲と和気藹々と親しんでいる様子にほっと胸を撫で下ろす。

「三輪っ、はよーっす!」

『あ、小金井君、水戸部君。おはよう。二人もはやいね』

 朝から元気な声に清花が振り返れば、そこには微笑を湛える水戸部とニッと軽快に笑う小金井がいた。水戸部の口から挨拶が返って来ないのは彼が元来無口な人間だというので気にしていない。二人は清花の隣に並ぶとテニスコートへと視線をやった。

「なになに、朝からテニスコート見て。もしかして恋しくなっちゃった?」

『あはは、少しだけ。それに誠凛テニス部の実力も見ておきたかったんだよね』

「成程な〜。まあ去年は都大会行ってるし、そこそこじゃねーかな」

『そうなんだ。そうなると今年はもうちょっと上目指せるかなぁ…』

 九州二翼の橘の妹と、不動峰の左殺しに期待したいね。
 そう告げれば「えぇ!?それマジ!?全然気づかなかったんだけど!」と小金井がフェンスに張りついて、隈なくコート中へ視線を巡らせる。その様子に清花は素直な人だなあと微笑を浮かべ、やや困ったように眉を下げる水戸部が小金井を心配そうに見つめている。

「あっ、そういえばさ。三輪、家業手伝ってんだろ?大変だなぁ」

 突然ぎゅんと振り向いて清花に顔を向けた小金井の言葉に彼女は一瞬疑問に思ったが、昨日急遽部活を休んだためにリコにでも尋ねて教えてもらったのだろうと推測した。

『え?…ああ、いや…幼い頃から修行として手伝っていたし、もう慣れちゃってるから』

「そうなのかー。でも頑張りすぎんなよ。水戸部もあまり無茶するなって言ってる」

『うん、その辺は適度にやっておくのでだいじょうぶです。心配してくれてありがとう』

 チームメイト想いの優しい同輩を持ったことを嬉しく思いつつ、清花がお礼を述べれば二人は柔らかく笑い返した。そして暫く三人はテニスコートの前で立ち話したのち、共に教室へと向かっていった。
 清花達は教室へ入り、近くにいたクラスメイト達と挨拶を交わして席に着く。そしてノートを机の中へといれながら今日の時間割を確認していると、マナーモードにしていたスマホが震えたのでポケットへと手を伸ばして取り出しディスプレイを確認した。『………、』
 着信画面になったそこに表示された名前は、八神太一。かつて同小に通い、そして選ばれし子供達の一人としてデジタルワールドを救った仲間であり、清花の淡い初恋の相手でもあった。いまでは恋心もどこかへ消えて普通に親しい友人として連絡を取り合っている。こんな朝早くに電話をかけてくるなんて何用だろうと思いながら席を立ち、通話に切り替えて教室から出た。

『もしもし、太一?』

≪…おう≫

 少し不安を抱きながら出た受話器越しに聞こえた声はやや不機嫌で、清花は思わず肩を竦めた。付き合いの長い彼の言葉には幾ら慣れているとはいえど、反応してしまうのは仕方のないことだろう。

≪…なんで教えてくんなかったんだよ≫

 清花はつい先日、彼の妹であるヒカリと連絡を取った際に東京に戻ってきたことを初めて伝えた。それまで部活動や転学手続きに引っ越し作業で報告を後回しにしていたせいで連絡が遅くなり、それはこのツケなのだろう。責めるようなその声に、清花は『あー…』と額に手を添えて謝罪を述べる。

『落ち着いたら、連絡しようと思ってた……黙っててごめん』

≪いや、その……、悪い。でもビックリしたぞ、まさか戻ってくるなんて思わなかったから≫

『ん、ちょっと色々あってね……そういえば光子郎君も、おんなじ学校なんでしょ?』

≪あぁ、まぁな。清花も一緒だったら良かったのになあ…≫

 太一の言葉に特に意味はないと分かっていても、清花の心は一瞬どきりとする。
 互いに初めて会ったのは小学校五年生のとき。その頃から彼のストレートな言葉はいやに心臓に負担を与えてくる。あの頃抱いていた感情はもうないにしろ、良い思い出として胸の内に留めているそれが疼く。

(心臓に悪いんだよね……一方的な片思いだったから、意識しちゃうのはわたしだけなんだけど)

≪なぁ、来月空いてる日あるか?≫

 先程とは打って変わって明るい調子になった太一に、昔を懐かしんでいた清花ははっと我に返ると慌てて返事する。『え…、あっ、うん』

≪なら遊びに行こうぜ。空やヤマト達もお前に会いたがっているんだ≫

『わかった。…ヒカリにも誘われてるしね、わたしも皆に会いたい。予定確認して伝えるね』

≪決まりだな。清花、これからまたよろしくな!≫

『こちらこそ。ところでさ、太一。光子郎君て彼女いる?』

は!? いや…いねぇと思うけど…、≫

 素っ頓狂な声を上げた太一だったが、平静を取り繕えば清花が安堵の息をついた。

『あ、ほんと?ちょっとパソコンのことで頼みたいことあったんだけど、彼女いるなら遠慮しておこうと思ったんだよね。良かった』

≪…いくら何でも遠慮し過ぎじゃねえか?俺達の仲だろ?≫

『でも一応ね。だって仮に自分の彼女が知らない男と連絡とって会ってたら嫌じゃない?』

≪そりゃまぁ、確かにな…。てかそういうことは本人に直接聞けよ≫

 また不機嫌になった太一に、清花は開き直ったように笑った。

『聞こうと思ったけど、太一が連絡くれたからちょうどいいかなーって思って』

≪おっ前なぁ………俺はてっきり、お前が光子郎のこと好きなのかと思ったぞ≫

『光子郎君?後輩としては好きだし尊敬してるけどね。彼氏には勿体なすぎる』

≪ふーん。んじゃ俺は?≫

『…は?』

 突然何を言い出すんだ、こいつは。

『いや…、太一も勿体ないかなー。気が引ける』

≪なんだよそれー≫

『サッカー部のエースで性格イケメンカリスマリーダーが相手とか、勿体ないよ。ヤマトほどのモテっぷりじゃなくても吊り合わないでしょ』

≪なに、見てくれ気にしてんの?≫

『まあ、一応。わたしチビだし』

≪ははっ、確かに≫

『(あ、ちょっと頭にきた)…それに……、』

 太一は、空が好きだったからね。などと口には出来ない。

≪それに?なに?≫

『…ううん、なんでもない。ていうか話逸れ過ぎ。そろそろ切るよ』

≪ちょ、待てって。まだ全然話してねーだろ≫

『もー遅刻しても知らないよ?それに会って直接話せばいいんじゃないの?もしくはライン』

≪俺はいま話したいんだよ。それにラインじゃ声聞けねーもん≫

『……太一ってさ、天然タラシだよね』

≪はあ?≫

 電話の向こうで間抜けな顔をしているであろう太一を思い浮かべて、清花は額に手を添えてそっと嘆息する。財前にも散々言動で振り回されてきたが、太一の言動はド直球すぎるので清花もタジタジだ。

『なんで惚れたんだか……』

≪ん?なんか言ったか?≫

『ううん、なんも』

≪ほんとかぁ?怪しいなー≫

『………、太一』

 清花はやれやれと肩を落とすと勘繰る太一の名を、声のトーンを落として呼んだ。静かな廊下に沈黙が落ちる。

≪…どした?≫

『……ただいま』

 心配そうにかけられた声に清花は小さくくすりと笑んで、まだ言えずにいた言葉を口にすれば、電話越しに太一がふっと笑う声が聞こえた。

≪…おかえり、清花≫



[ Postscript! ]
【デジモンアドベンチャー】八神太一は初恋の相手設定。
以前は同様に選ばれし子ども達の一人として主人公を入れていましたが、世界観を崩しそうなのでやめました。
デジモン達は出す予定ないですが、パラレルワールドストーリーでは選ばれし子ども達も含め出したいと思ってます。


着信表示の名前は

Chapter.2 Impromptu




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