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どうやら、黄瀬は寄せつけやすい体質らしい。清花がそのことに気づいたのは祓ってすぐのことだった。
清浄な空気に包まれた部室は、逆に澄み渡りすぎて聖域感が半端ない。だが、その部室の窓の外から感じる嫌な気配を清花はじっと鋭く睨めつけた。浄化した部室内に侵入不可とはいえど、待ち構えているとはいい度胸だと薄く笑ってポケットから護符を取り出す。
『《
オン、バカヤキシャ、バサラバタバ、ジャクウンバンコク、ハラウエシャ、ウン》』
破、と窓へと護符を投げつければ、
ばちん!と護符が窓へと張りつき、向こう側で顔を張りつけていた血みどろの悪霊共を容赦なく吹き飛ばした。ガタガタ、と音をたてた窓にびくりと肩を跳ねあがらせた一同を宥めるわけでもなく、清花は原因を探るような目を室内に向けたところ、それはすぐに見つかった。
祓うまでは気づかなかったが、微量だが黄瀬が霊的な放射体、つまるところ念やオーラを漂わせていることに気づいて納得したというワケだ。
寄せつけやすい体質の者は、ドチラかといえば負の体質にあたる。感情的なモノで一時的に寄せつけるだけとは違い、普段から無意識に念を発してしまっている分それこそ標的の的だ。いままでよく無事でいられたなと、奇跡的にさえ思う。
『…黄瀬君、魂飛ばしているとこ悪いんだけど、いつも必ず身につけているものとか、持ち歩くものとかある?』
「………へっ?あ、え、携帯とか…?あとこのピアス、かな」
『わかった。ちょっとだけ貸してもらってもいいかな?守護効果付随しておきたいから』
清花の言葉に断わるわけもなく、黄瀬はすかさず身につけていたピアスと鞄の中から携帯を取り出して彼女へと献上する。その素早さに苦笑しつつそれらを受け取った清花は、携帯のカバーを外すとその裏に一回り小さいサイズの護符を貼りつけて元に戻す。そしてピアスには念を込めて障壁と邪気払いの呪文を施し、双方を彼へと返した。
『ありがとう。暫くはこれでだいじょうぶだから、安心していいよ』
「えっ…えーと、まだ、状況が把握できないんスけど…」
『では、きちんと説明しましょう。皆さん現実逃避の最中みたいですけど』
「Σうわっ!ちょ、センパイっ!?」
先輩達の有様に気づいた黄瀬は慌てて彼らを揺さぶって我に返す。清花は武内を起こすか迷った末、そのままにしておくことに決め、請求書を彼の上へとそっと置いた。そして我に返った一同へと向き直った清花は、順を追って説明を始めた。
まず武内から依頼を受けた“視線”の原因は黄瀬にとり憑いていた菅原静枝の生霊だということ。とり憑いた原因としては主に黄瀬への好意からだろうという推測し、強まった思いが情念になって彼に纏わりついた。その結果、好意を寄せる黄瀬を邪険に扱ったり、邪な思いを抱くものへ対して威嚇とばかりに視線を向けていたのではないか、とのこと。その視線に直に晒されていた彼らにも、残留思念ともとれる黒い靄が寄りついていたこと。そして大本として黄瀬が寄せつけやすい体質だということを話した。
全てを聞き終えた一同の間には、沈黙が流れていた。だがそれをぶち破ったのは当事者である黄瀬であった。
「清花っちセンパイ!オレこれからどうやって生きていけばいいんスか!?」
『
…黄瀬君、いまの話聞いていました?なんの為にわたしがきみの持ち物にまじない施したと思っているんですか』
「んじゃ俺達には実害はないってことかい女神」
『女神ってなんですかやめてください。まあ、彼が余程変なもの持ち込まない限りはないですかね』
森山に安堵させるような笑みを向ければ、一瞬の隙をついて目の前に現れた黄瀬が清花の両手を握り締める。『は、』と呆気にとられた彼女は真剣な表情で詰め寄る黄瀬に引いた。
「清花っちセンパイぃいいいい!!姐御と呼ばせて欲しいっスぅうう!!」
『ほんとやめて。ってか「っち」ってなに「っち」って』
「オレ認めた相手には「っち」ってつけるんスよ!だから清花っちセンパイ!」
『しかも名前呼びに変わってるし……新手の変人二号か…』
「ヒドイッ!!」
「黄瀬、命の恩人なんだから丁重に扱え!」
ドスッ!と黄瀬の尻を躊躇いなく蹴った笠松に、清花は助かったと息をついて彼へと向き直り『ありがとうございます』と礼を言う。笠松はそれにどぎまぎとして視線は逸らさないものの、ぎこちなく「お、おう…」と返答した。それに清花は小さく笑って『黄瀬君と一緒で、女性が苦手なんですね〜』と朗らかに語れば「オレは大好きだよ女神」と森山がすかさず入ってくる。
「ていうか黄瀬は女性が苦手じゃねーだ(ろ)。むし(ろ)寄せつけて笑顔で手ぇ降って(る)し!!」
『え…ああ、でも何気に猫被るのは得意みたいですよ』
早川の早口具合に一瞬何を言っているのだろうと戸惑った清花だったが、とりあえず言葉を返しておいた。尻を押さえて痛みに顔を歪める黄瀬が「それオレの人徳に関わるんで言わないで…!」と言ったのは勿論無視だ。
『では、わたしはこれで失礼させていただきますね。武内さんには問題ないとだけ伝えてもらえると助かります』
「ああ……その、ありがとな」
『…いえ、どういたしまして』
「女神!校門まで是非送らせてもらおう!願わくばメアドを、」
『双方とも丁重にお断りさせて頂きます。それに主体となるレギュラーが練習に戻らないと、部員達に示しがつかないでしょう?』
森山を遮りにっこりと微笑んだ清花は言いたいことを伝えると、部室の扉の前で一礼してそのまま出て行ってしまう。それに黄瀬が慌てて追いかけていき、それに続こうとする森山の襟首を笠松が瞬時に掴み、小堀と早川は呆れたように彼を見つめていた。
「清花っちセンパイ!」
颯爽と校門に向かって歩いていく清花は足を止め、呼び止めた黄瀬に振り返る。彼は息ひとつ乱さずに彼女の元まで駆け寄ると「校門まで送るっスよ」と隣に並ぶ。追いかけてくるくらいだ、これは何を言っても無駄だろうと察した清花は森山のようにあしらうこともせず、黄瀬のしたいようにさせた。
「ホント、今日は色々とありがとうございました。おかげでセンパイ達も助かったっス」
『依頼だからね。…ああ、それと黄瀬君』
「なんスか?」
『菅原さんのことだけど、あまり深く考えちゃだめだよ。今回は身近だっただけで、菅原さん以外にも黄瀬君に寄りつこうとする人達なんて山ほどいる。それで黄瀬君が気分悪くするのは仕方ないと思うけど、みんなをみんな悪いと思わないでね』
そう清花がいえば、黄瀬は渋い顔でぽつりと吐き出した。
「……割り切るって、難しいっスね」
『人間界で生きるってことは、当たり障りない様に取り繕うってことだよ』
「思考回路が追いつかないんスけど、姐御」
『姐御いうな。…とりあえず、あまり周囲を邪険に扱わないこと、男尊女卑しないこと。そうすれば自然と良い気に恵まれるから』
「…、…そうっスね」
そうこう話している内に校門が目の前に見えてきたところで、清花が『…あれ?』と首を傾げ黄瀬が「どうかしたんスか」と尋ねる。
『いや、なんでココにいるんだろうと思って…』
「?」
清花の視線の先――校門に寄り掛かるようにして立っている長身の男性がいた。背は遠目に見ても黄瀬と変わらないくらい、さらりと流れる黒髪にネイビーのパーカーにクロップドパンツといったラフな格好だ。三十前半から半ばくらいに見えるその男はイヤホンを耳にしたまま目を伏せており、両手はパンツのポケットに突っ込まれている。「んん〜?」と黄瀬が首を捻らせれば、清花が彼へと駆け寄っていく。
『楓さんっ』
「………清花」
遅かったな、とイヤホンを耳から外した楓と呼ばれた男はよいせ、と校門から背を離して清花へと向き直った。清花は楓を見上げると『どうしてココに?』と驚いたように尋ねた。
「…友梨から連絡入った。迎えにいけ、と」
いまから用事で神奈川に行くんだー、と連絡をしたのは誠凛を出る前の話。その後色々とやり取りをしている中で海常の名前を出したためか、と清花は納得がいった。
『友梨ったら……わざわざ足を運ばせてしまってすいません』
「……行くぞ」
『はい。あ…黄瀬君、送ってくれてありがとう。また練習試合で』
「あ、うん。気をつけて帰るんスよ」
『ふふ、ありがとう』
じゃあね、と手を振った清花に黄瀬もまた手を振り返す。それを尻目に面倒そうに小さく息をついた男の鋭い眼差しに、黄瀬は一瞬びくりと肩を揺らして「…どっかで見たような」と後姿を見送り呟いた。
[ Postscript! ]
【スラムダンク】流川楓は主人公の心友の父親設定。
叔父の三井とは全日本時代も関わりがあるので旧知の仲、の設定です。
海常騒動 V
Chapter.2 Impromptu