むっつりと順位を見る。テストが終わってしばらくして、見たいような見たくないような結果が突きつけられた。私にとっては過去最高の順位だけど、一位には程遠い。横で顔を輝かせるライナーを見れば、何位をとったのかは一目瞭然だ。
 ざわつく教室が、誰かの発言によって静まり返る。今日でライナーの恋の行方が決まるのだ。他人の不幸は蜜の味。



「名前……返事を、聞かせてくれるか」
「本当に一位だったのね。呆れるわ」



 アルミンもミカサもおさえて一位とは、この男の執念はどこからくるのだろう。今までの行動から見て、考えたけど恋人にはならないと言ったら、あっさりと引き下がると思う。引き下がるだけで、キスはしてくるし抱きしめるし食べ物で釣ろうとすることは間違いない。



「ライナーが一番最初の彼氏なんて嫌よ。おぞましい」
「……そうか」
「だから、彼氏(仮)ならいいわ。不満なら、」
「本当か!?」



 落ち着いたライナーらしくない、やったという叫びが教室に響いた。拍手や口笛、はやしたてる声が教室を満たしていく。
 全身で喜びを表現したライナーは力強く私を抱きしめ、圧迫によって文句を言う隙を与えなかった。なんとか抜け出そうとする努力もむなしく、身をよじるくらいしか出来ない。ささやかな抵抗として睨むと、視線に気付いたライナーが滅多に見せない満面の笑みを向けてきた。なぜか息がつまる。



「名前、好きだ」



 両腕も拘束された状態で、抵抗など出来るはずもなかった。軽いキスは一度では終わらず、一度離れたことで油断した私を再度おそった。三度キスをされ、ようやく顔を背けたのに頬にもキスをされる。もう我慢の限界だった。



「死ね! 変態!」



 肘をみぞおちにめり込ませ、ゆるんだ腕から抜け出す。二の腕をひねりあげてお尻に蹴りを一発。沈んだライナーに、教室が静まり返った。
 さっさと帰ろうとかばんを持つと、よろけながらライナーが立ち上がる。とぎれとぎれに駅前の喫茶店という単語を発し、私の足を止めることに成功した。



「一日限定10個の新作パフェの、引換券がある」
「……味は?」
「マンゴーとパパイヤとメロンだ」
「仕方ないわね」



 餌付けという単語がまた聞こえて、声のしたほうを睨む。餌付けではない。これは対価だ。三回奪われたくちびると頬のことを考えると安すぎるが、だからといって受け取らないのもライナーを調子に乗らせるだけだ。



「誰と行くの?」
「ふたりがいいんだが」
「嫌よ。どうせ襲ってくるんでしょう。あなた趣味悪いもの」
「女を見る目はあるつもりなんだがな」
「あなたに選ばれた女が心底可愛そうだわ。早くほかに目を向けることね」
「当分ないだろうな」



 限定10個という響きに焦りを感じて、足早に教室をでる。私のほうが早く出たのに、足の長さの違いによって走ることなく追いついた巨躯をにらんだ。ライナーはにらみを受け流すどころか微笑んで受け止めてみせ、電話をかけはじめる。どうやら喫茶店に電話をしてパフェを予約しているらしい。
 電話を終えるのと校門をでるのは、ほぼ同時だった。ライナーの手がさしだされる。



「手を、つないでもいいか?」
「嫌よ」
「今日はもうキスしないと約束する」
「その代わりに手をつなげと? そもそもキスっていうのは、私の了解を得てはじめてするものだと思うけど」
「頼む、名前」



 ライナーの目が真剣で思わず立ち止まる。ライナーの足も止まり、生徒たちが邪魔そうによけて追い越していく。
 改めてまじまじと顔を見ると、いつもの精悍さがないことに気付いた。目の下にはくまが出来ているし、肌の調子も悪い。いつもより腫れている目は、寝不足のせいだろう。考えるまでもなくテスト勉強をしていたせいだとわかって、考えていることがわからない男の顔を見上げる。
 私はそこまでして手に入れたい女ではない。人に疎ましがられることがほとんどだというのに、ライナーはそれでも私に執着する。



「抱きつかない、キスしない。いま手をつなぐ以外で絶対に私にふれないというなら考えるわ」
「それでいい」



 そんなに嬉しそうに顔を輝かせられると、なんとも言えない気持ちになる。頭はいいのに馬鹿という、ありふれているようで出会ったことのない人種に、どう接していいのかわからないのだ。今までの人間みたいに私を放っておけばいいのに。
 そうっと手を差し出すと、大きな手がためらいながら指にふれた。短く切り揃えられた爪で指でなぞり、指先をなで、手をつつみこむ。振り払いたくなる羞恥心をなんとか飲み込み、大股で歩き出す。すぐに追いついた足は、速度をあわせてきた。



「こんなにパフェばかり買っていると、すぐにお金がなくなるわよ」
「俺は小遣いもお年玉も貯金する、将来有望な男だぞ。結婚しても、小遣いは少なくて済む」
「あなたと結婚する女は、よっぽど頭が悪いかあなたに嵌められたんでしょうね」



 つないだ手は、喫茶店まで離さなかった。

 そして私は、すっかり忘れていたのだ。人気がなくつねに一人でいる私と正反対な男がライナーだということを。自意識過剰で赤い唇を光らせた女がいることを。



「ねえ、このクラスに名前って女いる?」



 嵐のまえの静けさってたぶん、こんな感じ。



return


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -