あれからライナーはひたすら勉強するようになった。もともと成績はいいが、ミカサやアルミンのほうが順位がいいから安心していた。だがこの様子を見ると、もしかしたら一位になってしまうんじゃないかという思いがむくむくと育っていく。
 私の成績はライナーよりかなり下だけど、何もせずにはいられなくて勉強を始めた。ライナーなんて、テスト当日に風邪でもひけばいのに。

 それから試験まで、ライナーはこれまでの変態っぷりが嘘のように手を出してこなくなった。休み時間でもひたすら勉強を続け、アルミンが思わず今回のテストは手をぬこうかと提案したくらいだ。ライナーは静かに提案を断り、お互い全力でテストに挑もうと言った。どこの青春漫画だ。



・・・



「あー……やだー……」



 思わず弱音がでたのは、私にとっては珍しすぎることだった。もともとテストは好きじゃない。それなのに、ざっくり言えばライナーのために頑張っているだなんて、死にたくなるような展開だ。こうなったのは私のせいではない。しつこいライナーが原因なのだ。
 机に突っ伏して教科書を放り投げたい衝動にかられる。あと一教科ですべてのテストが終わるというのに、その前に糸が切れてしまったようだ。イライラして仕方なくて、勢いよく立ち上がる。そのとたん、体がふらついて目の前が真っ白になった。



「名前!」



 白い視界のなか、名前を呼ぶ声が聞こえた。何かに受け止めてもらったのを、くらくらする頭で感じる。数十秒後、ゆっくりと視界を開けると、すこし歪んではいるものの、目に映るものは白くなかった。



「名前! どうした、気分が悪いのか?熱は?」
「……ライナー。うるさい」
「体調が悪いなら早めに言え。保健室に行くぞ」
「いいから放っておいて。たまにあるの、貧血よ」



 特に最近は勉強で無理をしていたから、気付かないうちに体調をくずしていたのだろう。床に座りライナーに上半身を預けていることに気付き、顔をしかめた。いまので溜め込んだ問題をいくつか忘れてしまったかもしれない。



「ライナーだって私を放っておいたほうがいいはずよ。もう休み時間も終わるでしょう。すこしでも教科書を見ていたほうがいいんじゃないの」
「テストで一位をとるのは、名前のためだ」
「自分のための間違いでしょ」
「それだけ話せればじゅうぶんだな」



 ライナーはゆっくりと私から手を離し、背中をこちらに向けた。乗れ、という言葉に広い背中を見つめる。この姿勢は……おんぶ?



「嫌よ。死んでも嫌」
「いいから早く」
「嫌だってば。放っておいて」
「好きなやつを放っておけるか」



 ライナーは痺れをきらしたように、こちらに向き直った。膝のうらと背中に腕がまわされ、気合いとともに持ち上げられる。これは……これは、横抱きではないだろうか。少女漫画でよく見る、現実離れしたあの光景……。



「俺が大事なのはテストで一位をとって名前に振り向いてもらうことじゃない。大事なのは、名前なんだ」
「っおろして!」
「大人しくしていてくれ」



 暴れようとした私を押さえ込むように腕に力がこもり、ライナーの顔が近付いてきた。キスはずいぶんと久しぶりな気がする。
 文句を言おうと息を吸い込んだとたんに目眩がした。くらくらする頭と、慣れない運ばれ方によって、文句を言うことも満足にできない。それでも何もしないでいることは出来なくて、あごにアッパーをくらわせる。低くうめいたライナーはよろけたものの私を落とさず、文句も言わず保健室へと連れて行った。



・・・



 運ばれた保健室ですこし休んでから、そこでテストを受けた。倒れたわりにはまあまあな出来に、テスト用紙を保健室の先生へと渡す。目をつむってベッドに横になって、ぐるぐると回る暗闇に身を預けた。
 ──どうしてライナーはあそこまで私を好きだというのだろう。話したことも数えるほどしかないというのに。

 私がライナーを初めて見たのは、まだ学校にも慣れていない一年生の一学期のころだった。じゃんけんで負けて入った委員会にライナーがいた。一年なのは上履きの色でわかったが、それにしては堂々とした男子だと思った。



「同じ一年同士、よろしく頼む」
「どうも」



 ライナーの当たりさわりのない挨拶に、おもいきり無愛想に返した。予想外だったであろう返事に目を見開いたライナーは、そのあと笑った。今度はこちらが驚く番だった。たいていはムッとされるか怯えられるかなのに、ライナーは嫌味もなく私の威嚇を笑い飛ばしたのだ。



「名前、名前で間違っていないよな?」
「そうよ、ライナー・ブラウン」
「一学期だけだろうが、出来たら仲良くなりたい。よろしくな」



 今度は答えなかった。それなのに気を悪くした様子もなく、金色のひとみをやわらかに細めて笑う。その笑顔が、すこし話しただけでわかる人柄が、すべてを物語っていた。私とは正反対の人間なのだと。
 誰からも好かれず、性格が悪く、つねに周囲を攻撃していないと生きていけない影のような私とは違う。光のなかを喝采をあびて歩んでいく人なのだ。だから私はライナーが嫌いだ。嫌い……大嫌いよ。ライナーなんて、大嫌い。



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