ライナーが焦ったように席を立つ音が聞こえた。ふたりの取り巻きをつれた上級生の登場に、クラス中がざわめく。だがこのクラスは良くも悪くもマイペースでエゴイストの集まりなので、恐れたりはしなかった。好奇の視線にさらされながら、短いスカートからだした足が扉を越える。
 せっかくの放課後、ライナーに邪魔されることなく帰れそうだったのに。ため息をつきながら、余裕たっぷりに見据えてくる、マスカラに囲まれた目をにらみかえした。



「あんたが名前?」
「そうだけど」
「上級生に敬語も使えないなんて、さすが人の男を寝取っただけあるじゃん」
「敬語を使うのは、尊敬できる相手にだけでしょ。いまどき、馬鹿でも腰振るしか脳がなくても、たいていは長生きできるし」



 赤い唇がひきつる。気分がよくて笑うと、さきほどまでの余裕が嘘のように目を釣り上げた。そんな顔するとアイラインがずれてるのがわかっちゃうのに、バカじゃないの。
 思ったことそのままが口から飛び出て、女は慌てて目を見開くのをやめる。だがそれも一瞬で、すぐにぎろりと睨んできた。懲りない女だ。



「言っとくけど、ライナーにとってアンタは遊びよ。アタシの気を引くためのね」
「二回振られてるくせに」
「アタシを本気にさせるためでしょ。最初は遊びで付き合おうと思ってたけど、いまは本気だから文句ないはず」



 あいだに入ろうとやってきたライナーをにらんで制する。ライナーを取り合う構図のようになっているのは腹が立って仕方ないけど、これは私に売られた喧嘩だ。私が受けて立たなくてどうする。あの女ときっちりケリをつけてこなかった落とし前は、あとでライナーに直接ぶつけよう。



「勘違いしてるようだから言っとくけど、私はライナーなんてどうでもいい。そもそも恋人じゃない」
「へえ?」



 赤いくちびるが歪んだように上がるのが、心底気持ち悪かった。こんなくちびるをした女とライナーがキスをするなんて、想像したくもない。私とキスをしたからには、そのあとにキスする女についても口出しする権利がある気がする。いまこの場限りにおいては。



「彼氏(仮)という関係よ。それでも私と付き合いたいとライナーが懇願するから、仕方なく私が折れてあげたの。テストで学年一位になるっていう難題をクリアしたしね」
「……何それ」
「だから、私はどうでもいいけど、ライナーが心底気持ち悪いくらい私に惚れてるの。あんたになびいてくれるなら、喜んであげるわよ。私のお古でよければね」



 女の顔が般若のようになっていく様をまじまじと見られるのは、なかなかできないことだ。とはいえ、私もいまは人を嘲るひどい顔をしているに違いないけど。
 すがる私から颯爽とライナーを奪っていく筋書きは消え去り、漂うのは敗北の予感のみ。敏感にそれを察した女は、つぎはライナーを標的にした。ここでライナーがあの女の言ったことを肯定すれば、一発逆転サヨナラホームランだ。
 ライナーがちらりと私を見る。いまさっき視線で話すなと制したのを気にしているらしい。あごで女を示すと、私をかばうように前に立って般若と対峙した。



「ライナー、こんなひどい女のところにいないで、こっちに来なよ。アタシなら、すっごく優しくしてあげられる」



 猫なで声に顔をしかめた。くるくるに巻いた髪が厚塗りの顔をふちどって、ボタンをはずした胸もとを強調する。ライナーはそれには目もくれず、黙って頭を下げた。



「俺は名前が好きだ。何度も断ったのに本気だと伝わらなかったのは、俺の落ち度だ。非難でも罵倒でも、なんでも受けよう。だが、名前には手を出さないでくれ」



 完全な敗北。これで泣くならまだ可愛げがあったのに、殺しそうな視線で私を睨んでくる顔をあざわらってやる。性格が悪いのはいまさらなので、気にすることはもうやめた。
 なんだかよくわからないけど嬉しくなって、頭をさげたままのライナーにタックルする。よろけながらも文句も言わず抱きとめてくれるライナーに顔を向けた。



「特別にキスしてもいいわよ」
「名前、好きだ」



 冗談のつもりだったのに、ライナーがあまりに嬉しそうにキスをしてくるから、言うタイミングを逃した。さすがに二回もさせるわけにもいかないので顔を背けたが、それならばと言わんばかりに頬にキスされる。
 教室中がなぜか沸き立ち、私とライナーを中心に拍手やおめでとうという声が降り注いだ。荒々しく立ち去る足音が聞こえたが誰も気にせず、騒ぎは大きくなるばかり。よくわからないが、普段どうやってもまとまらないクラスメイトの心がひとつになった瞬間だった。

 その後、有志による情報操作が行われたらしい。情報操作といっても、あの女による捏造が広まる前に、真実を公開しただけらしいけど。さすがに哀れに思ったけど、懲りずに下級生をあさっていると聞いて、すこしだけ感心した。
 そしてライナーは、あれからずっと機嫌がいい。現実を見せるのもめんどうくさいので放置しているけど、となりの席でしあわせそうに授業を受ける姿を見るのは悪くはなかった。



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