昨日あんなことがあったから、今日は学校を休んでやろうかと思った。そして自分がしたことの重大さを噛みしめればいい。それなのに今日から十日後にはテストが始まる。範囲の広い期末テスト。
 今日あたりから、授業ではテストに出るところを言い始める。あんなやつのせいでテストの点数がさがるなんて、絶対に嫌だ。今後の人生を左右するかもしれないテストとあの変態、どちらが大事かなんてわかりきっている。

 教室に入ると、安心したようにこちらを見るライナーがいた。机を離してから、無視して椅子に座る。謝り続ける声がうざくて、近くに座って心配そうにこちらを見ていたベルトルトに視線を向けた。



「ちょっと、そこの変態二号。これどうにかして。私に近づけないで」
「僕に言われても……」
「あのねえ、ふりだとしても、私にキスしようとしたことも抱きしめたことも許したわけじゃないの。これをどうにかしたら、一緒のクラスにいるときだけは忘れたふりしてあげるって言ってるの。わかる?」
「ベルトルトお前……! お前も名前が好きだったのか!」
「ち、違うよライナー! 僕は名前がライナーを好きなことに早く気付いてほしいと思っただけだよ」



 身長の高いふたりは、並んで立ったらそれなりに目立つ。それなりに目立つふたりが、私にキスしただの抱きしめただの俺のほうが好きだのと口論してたらとうぜん目立つわけで。興味津々なクラスメイトに見つめられても気付かない二人に教科書を投げつけて、いったん静かにさせた。



「うるさい、黙れ。私の目の前にいることを許してるんだから騒がないでうざったい」
「……あ、ああ……そうだな」



 ライナーがしゅんとして椅子に座る。コニーが馬鹿なことを言って騒ぎ立てようとするのを視線で制し、かばんを開けて教科書を取り出した。ライナーがおそるおそる切り出す。



「昨日のことを弁解させてくれ」
「弁解もなにもないでしょ。何度目だと思ってるの、強姦魔。変態。女の敵」
「放課後、駅前の喫茶店で。スペシャルパフェとココアを奢るから、食べ終わったら話の途中でも帰っていい」



 スペシャルパフェ。最高級のフルーツが、生クリームの上にこれでもかというほどのった一品。アイスも5種類ほどが綺麗なガラスのなかに詰まっていて、高い。ココアも驚くほど高い。



「ぼ、僕はカツサンド奢るから」



 カツサンド。幻の豚を使用しているとかなんとかで、すごく高い。パフェとココアをあわせたら、5000円は軽く超える。



「……ライナーとベルトルトがいないなら行く」
「それだと支払えないぞ」
「支払いのときだけ来て」
「話を聞いてほしいんだ。頼む」



 ライナーが深く頭をさげ、ベルトルトがすがるような視線を向けてくる。ああ、めんどうくさい。どうして私が行かなくちゃいけないの。
 そう思ったけど、パフェの誘惑には勝てなかった。なにしろ、かぎりあるお小遣いではひと月に一度しか食べられない代物だ。もらえるものはもらっておくのが吉。



「ケーキとサンドイッチもつけるなら行ってもいいけど。食べ終わったら帰るわよ」
「っそれでいい!」



 ライナーの顔が輝く。太陽の光をうけて金色に光るひとみにまっすぐ見つめられ、何だか居心地が悪いように思える。そのひとみには、しっかりと私に恋していると書かれているからだろうか。
 遠くで誰かが、餌付けをいう単語を口にした。あとで殴ろう、ぜったいに。



・・・



 目の前にはライナー、その横にはベルトルト。私の横にはアルミンという四人組で、私はひとりカツサンドとココアとパフェを食べていた。
 なぜアルミンがいるのかというと、ベルトルトが明らかにライナー寄りだからだ。公平な意見を述べる人がひとりはほしい。その点アルミンは頭がよく、いざとなったら私でも倒せるあたりとても理想的だ。



「あのときは頭に血がのぼって……名前が好きなのは偽りのない気持ちだ」
「へー」
「今日、告白をもう一度きっちり断ってきた。俺が好きなのは、名前だ。名前だけなんだ」



 向かいに座ったライナーに見つめられ、ベルトルトとアルミンが居心地が悪そうにしながらも私の返答を待った。
 これが少女漫画だったら、とてもいいシーンなのかもしれない。イケメンが美少女に、高級な喫茶店で告白する。しかし残念なことにライナーはイケメンではなく、私も美少女とは程遠い顔をしていた。私の口にはアイスが入っていて、何を言うにせよ、口のなかのものを飲み込まないといけない。
 甘いバニラが溶けてから、あたたかいココアで喉をうるおした。甘ったるい口内をカツサンドを食べて中和する。お腹がふくれてきて、ケーキとサンドイッチを食べられるか自信がなくなってきた。



「ねえ、サンドイッチ持ち帰るけどいいよね」



 アルミンとベルトルトが、ドリフのようにずっこけた。ライナーは頷き、店員を呼び止めてサンドイッチとケーキを持ち帰ることを伝える。溶ける前にアイスを攻略しようと、長いスプーンでせっせと生クリームをすくいながら、まだ真剣な顔をしているライナーを視界に入れた。



「いくらビンタしても、嫌いって言っても、あんたはキスするし抱きしめるし私の話を聞かないじゃない」
「歯止めがきかなかった」
「いくら断っても意味ないでしょ」
「俺は諦めが悪いからな。結果が見えているならなおさら」
「……じゃあ、こうしよっか。期末テストでライナーが学年一位をとったら、付き合うことを考える。考えるだけよ。一秒くらいね」
「わかった」



 じゅうぶんだと言わんばかりに、ライナーの顔が輝く。嬉しそうに笑う顔は見たこともないほど上機嫌で、一瞬にして浮かれたのがわかった。
 思わずアイスをすくいかけた手が止まる。ベルトルトがため息をついて視線を寄越してきた。ほら、一途だって言っただろ。
 むかついて、浮かれるライナーを静かにさせるよう言おうとした口がふさがれる。嫌なのに慣れてしまった感触に、腕を振りかぶる。静かな店内に、頬をひっぱたく音が響いた。



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