「え? いまさら何言ってるんですか。名前がライナーを好きなのは知ってましたよ」
「馬鹿なオレでもわかったんだぜ? っつーかいまさら聞いてどうすんだよ」
「ようやく気付いたんだね。言ったでしょ、名前はライナーを好きだって。あのときはその……本当にごめん」
「は? 名前とライナーがどうしたんだよ」
「うまくいってよかったね。おめでとう。今度から僕は誘わず、ふたりでパフェを食べに行きなよ」
「さんざんキスしといて何言ってんだテメエ。……んだよその目は。いいか、オレは恋人ができねえじゃねえ。作らないんだ。ミカサ……いや何でもねえ」



 誰が何を言っているか隠しているのは、プライバシーだとかそんなものじゃない。こみ上げる怒りを抑えるためだ。あらゆる場面で一蓮托生を押し付けられるクラスメイトが相手だから大抵のことは流してきたが、これを見逃すことは出来ない。
 ふるふると怒りで震えるのを照れだと勘違いしてきたジャンが、むかつく顔でにやにやと覗き込んでくるのをにらむ。あまりにむかついたのでみぞおちに一発叩き込んだ。これはジャンが悪い。



「名前、帰るぞ」
「勝手にライナーひとりで帰れば」
「……ジャン、名前に何をしたんだ?」
「な、にも、してねえよ……!」
「いくら名前でも、なんの理由もなく暴力はふるわないぞ」



 これまでちゃんとした理由で暴力をふるわれ続けてきたライナーが、心配しながらジャンの様子を見る。それを無視してさっさと教室を出ると、下駄箱でライナーが追いついてきた。
 ふたりに用事がないときにこうして帰るのは、なんとなく日常になりつつあった。ライナーは部活や委員会で忙しいから、こういう時間はあまりない。せっかく時間ができたなら自分のために使えばいいのに、ライナーは惜しみなく私にそれを捧げる。馬鹿だと思うけど、それは口に出さないでおく。本人もじゅうぶんそれをわかっているだろうから。



「今日は新作でモンブランが出るらしい」
「ライナーも来るの?」
「たまには二人でもいいだろう」
「隙さえあれば近寄ってくる変態が何言ってるの」



 喫茶店に行くのがいつものコースだ。席もいつのまにか、一番奥のちいさなテーブルと決まっていた。こじんまりした喫茶店はテーブルごとに観葉植物などで仕切られており、静かに流れる洋楽とコーヒーのにおいで満ちている。
 ふたりしてモンブランをつついていると、ライナーが静かに切り出した。低い声は、落ち着いた内装とよく合う。



「はじめて俺と会った日を覚えているか?」
「覚えてるわけないじゃない」
「入学したばかりで委員会に入ってな……正直、緊張していた」



 まだ夜は寒い春の日。友達もいなくて、上級生はやけに大人びて見えた。新品だと一目でわかる上履きで廊下をきゅっきゅっと鳴らして、制服に着られている姿をさらしながら入った教室。委員会なんてめんどうくさいもの、じゃんけんで負けなきゃ入っていなかった。



「一年生を見つけた。くちびるを引き結んで、凛と立っている女子だ。おどおどしている自分が情けなくなって声をかけた。そしたら、思いきり冷たくあしらわれてな」



 その光景を思い出したのか、ライナーはのどを震わせてちいさく笑う。あの場面のどこにも笑うところなんてなかったはずだ。あのときの私は最高に不機嫌だった。



「憧れた。こんなふうに迷いなく自分を持っている人間がいるのかと驚いた」
「あんなの、誰に対しても気を張ってるだけじゃないの。私は憧れるような人間じゃない」
「なあ名前、俺たちは正反対だと思わないか」



 まさかライナーが自分と同じことを考えているなんて思わなかった。ライナーと私は正反対なのだ。陰気で誰に対しても攻撃することでしか自分を保てないちっぽけな人間。それが私だ。



「俺は名前みたいに自分を保てない。誰に何を言われてもいいと思えなくて、目立ちたがりだと言われれば否定もできない」
「私はそんなにいい人間じゃない」
「俺だってそうだ。誰にも誇れない。だから、反対にいる名前に惹かれるんだ」



 いつのまにかモンブランを食べる手は止まっていた。スプーンを持った手に、大きくて荒れた男の手が乗せられる。ためらいがちに、拒否されたらいつでも離せるように、そうっと手を包み込まれていく。あたたかかった。



「俺たちは、足りないものを補えるんだろうな。優柔不断なオレの行動を名前が軌道修正して、不器用な名前の言葉を俺が代弁する」
「やめて。買いかぶらないで」
「名前こそ俺を買いかぶっている。俺は名前が思うような男じゃない」
「知ってるわよ。ファーストキスを奪った男が何を言ってるの」
「この先いくらでも、名前は俺に失望するだろう。それでも俺は──」



 まるでふれたところから感情が伝わるというように、握られた手に力がこもった。ライナーでもこんなことを考えるのかとすこし驚きながら、手をにぎりかえす。ライナーが目を丸くして私をひとみに映した。こんなことに驚くのだから、ライナーは私のことがわかっていないのだろう。私がライナーをわかっていないのと同じように。



「ファーストキスを奪った罪は重いのよ。一生かけて償わせてやるんだから」
「──名前」
「嫌いよ。ライナーなんて大嫌い」



 ライナーの顔が近付いてきて、自然と目を閉じる。ふれたくちびるは、そこに私がいるか確認するようだった。私たちが正反対だというのなら、大嫌いという意味だって伝わるだろう。
 そういえばライナーにくちびるを奪われたときは、いつも目を閉じていた気がする。今だからわかる今更なことに気づきながら、もう一度まぶたを閉じた。



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