どうも最近調子が悪い。数ヶ月前から禁酒をしているせいかもしれないと、鈍い体を動かした。ここまで気分が悪くなったり体がいつもと違うと、アルコール中毒になりかけていたのかもしれない。今のうちに禁酒して良かったのかもしれないけど、でも、アルコールなしで長生きするくらいならアルコールありで早死にするほうが……。



「嬢ちゃん、食わねえのか?」
「え?ああ、食べます」
「考え事か?」
「ええと……ビール」
「長いこと禁酒したからなあ。もう一週間我慢したら、とっておきのビールと日本酒で乾杯するか」
「わ、やった!」



和やかな空気が流れる一係の部屋は、以前とは確実に違っていた。槙島につながる事件を追いかけて、なんとか一人も欠けることなく、事件は槙島の死という絶対的な形で終わった。人である以上死には逆らえないし、死んでしまったらどうにも出来ない。
あのあと縢もリハビリを終えて戻ってきたし、大怪我をした征陸さんと宜野座さんも帰ってきた。結果、無傷だったのは私と弥生さんだけで何とも言えない気持ちになったけど、征陸さんが「名前が無事でよかった」と心底安心したように言うものだから、傷を負わなかった自分を認めてあげることにした。今更言ったってどうしようもないことだし。あれからもう一年も経ったのかと思うと、時がすぎるのが早いように感じる。



「名前ちゃんの弁当ってうまいよね。俺、名前ちゃんとじゃなきゃ仕事入りたくないや」
「縢、文句を言うな。名字だってこれを善意で作ってくれているんだぞ」
「善意、か……ギノも変わったな」
「うるさい」



狡噛さんに本気ではなく冗談めかして文句を言う宜野座さんは、レンズ越しではない目をやわらかに細めて私を見た。随分と変わった宜野座さんにはもう慣れたけど、昔のようにガミガミ言う宜野座さんがたまに恋しくなる。本当にたまにだけど。

卵焼きをほおばっていた朱ちゃんが、お箸を持ったまま食べようとしない私の内面を探るように見つめてきた。正直に言うと、朱ちゃんのこの目がたまに少し苦手に感じる。だって、嘘をつけなくなるんだもの。



「名前さん、具合悪いんですか?」
「ううん、ビールが恋しくて……やっぱ禁酒するんじゃなかった」
「そう言いながら、もうすぐ禁酒三ヶ月じゃないですか」



シビュラの健康診断に引っかかってから禁酒しはじめたけど、どうしてもアルコールがほしくなる。朱ちゃんはくすくすと笑いながら私の奮闘期間を伝え、あと少しだと励ましてくれた。あと一週間したら、お酒を飲もう。それ以降は二日に一回にして、肝臓とかを労わりながら飲もう。とにかく飲もう。
飲まないという選択肢がないことに宜野座さんが呆れながらも、おいしいお酒を征陸さんと選んでくれていることを知っている。みんなの優しさに心があたたまりながらお茶を飲むと、朱ちゃんが真っ直ぐな視線で尋ねてきた。



「それで、どうして食べないんですか?」



ごまかせたと思っていたのに、全然ごまかせていなかった。どうしようと頭の中でぐるぐると考えるが、先程まで黙ってお弁当を食べていた弥生さんまで見つめてきて、逃げられないことを悟る。朱ちゃんと弥生さんに詰め寄られたら、逃げ出せるはずもない。せめて征陸さんのいないところで言いたかったのに、これも朱ちゃんの考えなんだろう。



「や……なんか最近、食欲が……」



案の定、征陸さんの顔が険しくなる。どうして言わなかった、という視線から逃げるように顔を背けて、飲まないのに手に持ったお茶を意味もなく揺らした。言わない理由なんてそんなの決まってるのに、やっぱり言わなくちゃいけないんだろう。



「その……征陸さんに心配かけたくなく、て」
「心配するに決まっているだろう。嬢ちゃんが大事なんだぞ」
「……はい」
「最近忙しくて名前といなかった俺にも責任はある。だがな、少しでも信用してくれてるなら言ってほしいもんだ」
「はい」



頬をなでる指先にようやく肩の力を抜いて、征陸さんを見つめる。その目には優しく包み込んでくれるような光が宿っていて、なんだか安心して体の不調を伝えることが出来た。最近たまに吐き気がすること、食欲がなくなる時があること。いつもじゃないから禁酒の影響かと思っていたこと、もうすぐしたらまたシビュラの健康診断があるから、その時に見てもらおうと思っていたこと。
ゆっくりと話す私の言葉を遮らず聞いてくれていた征陸さんは、ひとつ頷いて私の手を握ってくれた。



「食べ終わったら医者に行くぞ」
「え!?もうすぐ健康診断がありますし、」
「駄目だ。監視官、抜けるがいいか」
「ああ」
「もちろんです!名前さんの体が大事ですから」



ためらうことなく頷いてくれた宜野座さんと朱ちゃんに、じんわりと目が熱くなる。初めてここに来たときはどうなるかと思ったけど、今はここに来てよかったと心から思える。こうなったら早く食べられるだけ食べてしまおうと箸を持つと、弥生さんが爆弾を落とした。



「それ、妊娠じゃないかしら」
「……え?」



え?



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