枕投げが終わって全員が息を整えている部屋には、ハイパーオーツが風に揺れるかすかな音が響いていた。開け放った窓からは気持ちいい風が吹いていて、乱れた浴衣を整えながらごろりと上を向く。ぐちゃぐちゃになった布団に寝転ぶなんて、なんだか本当に子供になったみたいだ。
背が低くて線は細いけどやはり男である縢は、もう乱れていない息で乱れた浴衣を整えようとしてさらにぐちゃぐちゃにした。それを直してあげながら、弟のような存在を指先で確かめる。



「……傷、残っちゃったね」
「ああ、なくせるらしいけどね。めんどいからいいって言った」
「そっか」



縢は体中が傷付いてぼろぼろだったし、宜野座さんは左腕が駄目になった。狡噛さんも征陸さんも、縢ほどじゃないけど傷だらけだった。今でも思い出すだけで心臓が止まりそうになる、征陸さんが血だまりのなかで倒れている光景。唇を噛み締めると、慰めるように頭に手を置かれた。



「こういうの、とっつぁんの役目なんだけどな」
「死にかけた人が何言ってんの」
「はは。そういえば名前ちゃん、とっつぁんと相性診断やってないって本当?」



縢にしては下手すぎる話題の方向転換に、わざと乗っかって顔を上げた。せっかく温泉に来たのに、しみったれた顔をしてちゃいけない。縢の浴衣をなおして勢いよく肩を叩いて、痛がる縢を無視して頷いた。



「してないよ。別にいらないし」
「珍しいよな。っつーか名前ちゃんととっつぁんくらいじゃねえの、診断してないのって」



そうなのかと征陸さんに視線をやると、少し考える素振りを見せたあと頷かれた。いまの人はシビュラに頼りきっているから、恋人や友人さえもシビュラのご宣託に任せるんだっけ。間違いはないのかもしれないけど、どうも納得いかない。



「私は絶対にしないよ。絶対にね」
「どうしてですか?征陸さんと名前さんだったら相性よさそうなのに」



朱ちゃんの不思議そうな声に思いきり首を振る。朱ちゃんからしたら相性診断をしないほうが信じられないのかもしれないけど、私からしたらそんなものに頼るほうが有り得ない。この時代に来てから、シビュラにはお世話になりっぱなしだけども。



「相性がよくても悪くても、私は征陸さんが好きなの。だから関係ない」
「名前ちゃんってさあ、そういうところが男らしいよね」
「潔いって言ってくれる?」
「名字は潔いな」
「なんか狡噛さんが言うとからかっているように聞こえるのは何ででしょう」
「からかっているからじゃないのか?」
「ようしそこに正座してください今すぐ」



狡噛さんはぎりぎりまで吸った煙草を灰皿に押し付けて、楽しそうに笑った。この人絶対にSだ。事件で発揮すべき観察力や勘を使って恋人をじわじわ痛めつけて楽しむタイプだ。絶対にそうだ。
勝手に狡噛さんの性癖を決め付けていると、縢がいつもより目を大きくして私を見てきた。朱ちゃんといい縢といい、何でこう私に嘘をつけなくするんだろう。



「……だって、もし相性悪かったら、征陸さん、絶対に別れようって言う」
「言うわけないじゃん。とっつぁん、名前ちゃんにベタ惚れだぜ?」
「言うよ!だって……私の気持ち知ってて突き放したんだよ?」



思い当たることがありすぎるのか、征陸さんは申し訳なさそうに頬をぽりぽりとかいた。ここでこんなことをいうのは卑怯だってわかってるけど、もし誰かが冗談で相性診断をして相性が悪かったらと、考えるだけで目の前が真っ暗になる。その時の征陸さんの決断を思うだけで、心臓が嫌な音をたてる。



「……私、縢が好きだよ。朱ちゃんも弥生さんも狡噛さんも宜野座さんも、志恩さんも好き」
「いきなりどうしたの」
「でもそれはシビュラの判断に委ねたんじゃない。今までたくさんの事件をくぐり抜けてきた背中を預けられる信頼と、たくさん話してきたことから感じる人柄から、そう思うんだよ。征陸さんも同じ。だから……」
「名前ちゃん」
「なんて、本当は怯えて逃げてるだけなんだけど」



笑ってごまかそうとしたのに、征陸さんはごまかされてくれなかった。抱き寄せられて、私にしか聞こえないように耳元で囁く声は愛情に満ちている。私を抱きしめてくれている腕にも、何もかも。



「万が一相性が悪くても、名前を手放せるわけないだろう」



温泉に行こうと提案してくれた朱ちゃんには、あとでもう一度お礼を言わなくちゃいけない。日常から解き放たれて、いつもより大胆で愛情を隠そうとしない征陸さんの言動は、愛を確認させるものばかりだ。愛を告げる言葉に、どうしようもなく泣きたくなるほどの幸せを感じて、狡噛さんのいつもの煙草の香りさえ祝福してくれているように思えた。



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