征陸は不機嫌だった。それを隠そうとはしたが、にじみ出るものをすべて隠しきれるはずもない。視線の先には、一係前の廊下で話す名前。いつの間に知り合いになったのか、二係の監視官となごやかに話していた。



「あなた、三係でも噂になってるみたい。料理が出来て可愛いって」
「そ、そんなことないです!」



名前と話しているのが女の時はまだいい。だが明らかにデレデレとしている男と話すのはいただけない。
征陸は特に調べることもないのに辞書を開いて心を鎮めようとしたが、どうしても気になって神経をガラスの向こうに集中させてしまう。何も書いていないページを開いていることに、征陸はまだ気付いていない。



「でも、苗字さんは可愛いですよ。どんな料理作るんですか?」
「え?んー、得意料理とかはないんです」
「あの、じゃあお好み焼きとかは?」
「作れますよ。ふわふわなのが好きなんです」
「俺もです!」



これ以上は危険だと、征陸は立ち上がって大股で歩き始めた。確かあの男は、以前名前が髪にゴミがついていると取っていた相手だ。それ以降、どうも名前に気のある素振りを見せている。
思わず勘違いしそうになる行動を、名前が一係の男相手にするならまだいい。名前の気持ちを知っているし、些細なことで勘違いしたりはしない。だが一係以外の男にするのは駄目だ。相性診断で恋人を決める今の時代に、思わせぶりなことをしたら一瞬で落ちてしまう。
自動で開くドアの遅さに苛立ちながら、征陸は廊下に出て名前の肩に手を置いた。



「名前、ちょいと手伝ってくれるか」
「征陸さん!はい、なんでしょう?」



征陸は素直に頷く名前の肩を掴んで、少しばかり引き寄せて部屋に入った。その際、男を威嚇するように少しばかり睨む。年甲斐もなく何をやっているんだと内心落ち込む征陸に気付かず、名前は近い距離に照れながら尋ねた。



「あの、何を手伝いましょうか?」
「すまん、少し頭を冷やしてくる」
「はい?」
「帰ってくるまでに用事を思いついてくるから、数分待っていてくれるか」



出ていく征陸の言葉を飲み込めず見送る名前に、すべてを見ていた狡噛がヒントを与える。三つ目のヒントでようやく征陸の気持ちに気付いた名前は、慌てて可愛らしい恋人を追いかけた。煙草に火をつけながら、狡噛はひとり笑う。ここに来て結構たつが、あんなに幸せそうで感情を顕にする征陸を見たのは初めてだ。

10分後、仲良く帰ってきた名前と征陸は、何も言わずにそれぞれ仕事を始めた。それを見て狡噛は満足そうに新しい煙草を取り出す。二人には、是非幸せになってほしいものだ。


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