突然会社に現れた私に、社内は騒然となった。どこに行ってたの、どうやって現れた、本当に苗字か。矢継ぎ早に尋ねてくる会社の人を見て、ガラス越しに外の景色を見た。
……窓が、ある。私が働いていた会社に、変わらない人たち。ぼうっとする私を見て、誰かが警察に連絡してくれた。どうやら私は行方不明になっていたらしい。トイレに行くと言って個室でいじった腕の機械は、反応はするものの接続エラーだとしか言ってくれなかった。執行官の証、犬でいる以上つけていなければいけない首輪。それをそっと外してポケットに入れて、やってきた警察と共にパトカーに乗った。なんだか潜在犯みたい。



・・・



それから警察に色々聞かれたが、すべて覚えてませんと言い張って、迎えに来てくれた両親と共に家に帰った。泣きながら喜ぶ両親を見て、ようやく帰って来た実感がわいてくる。

……私は本当に、未来へ行っていたのだろうか。日に日に疑わしく思えてくる記憶のなか、征陸さんだけはいつでも鮮明に思い出すことが出来た。笑った顔、慰めてくれる手、心配してくれる声、突き放した態度。征陸さんは諦めろと、幸せになれと言ってくれた。今ならそれが出来る。諦めるに相応しい理由もある。前までは理由を探して諦めることが出来ていた。

働くこともせず一日中家でぼんやりとする私の元に、ある日友人が尋ねてきた。燿子だ。



「名前、久しぶり。……大丈夫?」
「え?うん」
「ずっとぼんやりしてるって聞いてるわ。自分がどれだけそうしていたかわかる?」
「え?さあ……一週間くらい?」
「一ヶ月よ、馬鹿!」



しっかりしろと肩を揺さぶられて、それでもぼんやりと燿子を見返すことしか出来ない。──私はここで幸せにならなきゃいけない。そのために征陸さんを忘れなきゃいけない。それしか考えることが出来ず、泣きそうな燿子に抱きついた。



「燿子……燿子、私……」
「名前が無事でいることは知ってたわ。夢で会ったじゃない。500円あげたじゃない」
「うん……うん」
「あの時の名前はこんな腑抜けじゃなかった。何があったの?」



それから私は泣きながら今まであったことを話した。未来に行ったこと、そこで頑張ったこと。自分があまりにも無力なこと。支えてくれた人に恋をしたこと。私の幸せのために両思いになる望みを絶たれたこと。征陸さんの言う通り、幸せにならなきゃいけないこと。



「あんた馬鹿ね。今の名前を見て誰が幸せだなんて思うのよ」
「だって、諦めきれないの!未来に行って、そこで幸せになれたらとも思う!でも……お母さんとお父さんをあんなに悲しませることは、もう出来ない……!」
「あのね、今日はあなたのご両親に言われて来たの。すごく悩んでたわ」
「え?」
「子供が幸せであるのが一番なの。そのためだったら会えなくてもいいとも思う。子供を産んだ私が言うんだから、間違いないわ」
「でも……」
「でも、じゃない!諦めきれないなら追いかけて頑張って振り向かせて、その人と幸せになってみせなさいよ!」



名前なら出来るわ、という優しい声に涙が出る。征陸さんに会ってから私は弱くなってしまった。でも本当はいつも強がっていただけで、これが本当の私なのかもしれない。

燿子と抱き合ってわんわん泣いて、落ち着いた頃に両親に話すことにした。信じてもらえないと思って言わずにいたけど、それは二人に失礼だ。信じるも信じないも私が決めることじゃない。



「お父さん、お母さん。いなくなっていた間のことを話すね。信じてくれるかわからないけど」



晩御飯を食べ終わってゆったりした時間、テレビからは懐かしいお笑い芸人たちの笑い声が聞こえてくる。テーブルで向かい合って、私は半年の間にあったことをすべて話した。腕につけていた機械も見せた。二人は信じられないというように聞いていたが、終わってから私の手を握ってくれた。



「話してくれてありがとうね。名前はどうしたいの?」
「お母さん……私、私は……」
「私たちのそばで魂の抜けたような名前を見るくらいなら、未来で幸せになってくれたほうがいい」
「……お母さん」
「今からお母さんと話す。一晩待ってくれるか?」
「うん。いきなりこんなこと言ってごめんね」



自分の部屋に戻って、同じことしか言わない機械を腕につける。いつの間にかしっくりくるようになってしまった機械を操作して、返ってくる言葉はもう聞き飽きた。接続エラーです、という声を子守唄にそっと目を閉じる。征陸さん、私って親不孝だね。



・・・



翌日、久しぶりにゆっくり寝て昼過ぎにリビングへ行くと、お母さんとお父さんが待っていた。顔を洗って椅子に座ると、何も言っていないのにお茶が出てくる。



「昨日一晩話したんだが、名前のしたいようにすればいい」
「お父さん……」
「私たちは、その征陸という人物に会ったことはない。だが名前の話を聞く限りでは、思慮深く名前の幸せを考えてくれる人なのだろう」
「……うん」
「どんな時代であれどんな形であれ、名前が幸せになるのが一番だ。……たまには、帰ってきてくれるだろうね?」
「お父さん……!」
「でもね名前、行くまでに一ヶ月は待ってくれない?一緒にいろんなところに行きましょう」
「うん!」



お母さんの言葉に頷く。もう帰って来れないかもしれないことは、昨日伝えてある。それでも私の意思を尊重してくれた二人に、自然と頭が下がった。親不孝な娘でごめんなさい。でもそのぶん、頑張って幸せになるから。
そう決めて笑うと、お母さんがさっそく旅行のパンフレットを出してきた。世界一周という文字が踊るそれを手に取る。貯金を全部使って、三人で思い出を作ってやるんだから。



・・・



その一ヶ月半後、もう未来では手に入らないお酒をたくさんのダンボールに詰め込んでから、育毛剤と脱毛剤を手にとった。ここまでしたけど、もしかしたら未来には行けないかもしれない。それでもいい、試さずに諦めるくらいなら。
行ってきますと声をかけると、いってらっしゃいという声が返ってくる。ふたりの子供で良かったという、恥ずかしくてなかなか言えなかった台詞を最後に、目の前の景色が入れ替わった。


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