帰ってから唐之杜さんのところへ行き、そこでも散々怒られた。女の体をそんなふうに扱ってはいけないと、妖艶な人に言われると説得力があるのは何でだろう。それに頷いて傷の手当てをしてもらって、頬にはガーゼを当ててもらった。この時代は医療が発達しているから、おそらく数日で腫れは引くだろうとの診断だ。よかった、さすがに痕が残るのは勘弁だ。
一係の部屋に戻って、心配する常守さんに診断結果を伝えた。胸をなでおろす常守さんは、私の治療が終わるのを待ってくれていたのだろう。お大事に、と言って帰っていった常守さんの姿を見て、そういえば彼女は休みだったことを思い出した。



「んじゃ、俺も帰るわ。苗字ちゃんもほどほどにね」
「うん、ありがとう。あっそうだ縢、今度お弁当作ってくるね」
「やりい!……でもさ、無理すんなよ」



真面目な顔で付け加えられた一言に笑って頷く。あんなことがあった後だから、もっと動揺したり情緒不安定になるかと思ったけど、意外と神経が図太いらしい。笑って普通にすごせる自分に呆れながら、征陸さんにコートを返した。



「これ、ありがとうございました。すごく助かりました」
「……嬢ちゃん、もうあんなことはしちゃいけねえぞ」
「はい、出来るだけ。でも多分、同じ状況になったら今日と同じようなことをすると思います。それまでに強くなって、犯人以外誰も傷つかないように解決出来ればとは思いますが」
「頑固だな」
「そうですか?柔軟な思考の持ち主ですよ、私は」



じゃないと、いきなり未来に飛ばされたのに平気で生活出来るわけないですし。笑いながら冗談を言うと、征陸さんもようやく笑ってくれた。
それにほっとして、部屋に宜野座さんがいないことにようやく気付く。六合塚さんは唐之杜さんのところにいたし……そういえば狡噛さんもいない。



「宜野座さんはどこに?」
「人質の女に使われていた薬が特殊みたいでな。詳しい状況を説明するのと、薬の詳細を知るのとでコウと出ていった」
「そうですか」



征陸さんにもう一度お礼を言ってから、鈍く痛む体を引きずって椅子に腰掛ける。宜野座さんに与えられた仕事を始めながら、ほかのことは考えないようにシャットアウトした。多分なにも考えないほうがいい、なにも。



・・・



ふっと気付くと、もう仕事終わりの時間だった。ぽきぽきと鳴る体を伸ばして、結局帰ってこなかった宜野座さんの机の上に報告書を置く。確か次に来るのは六合塚さんだけど、唐之杜さんのところにいるのだろうか。出勤時間だろうと絶対にこの部屋に来なきゃいけないわけではないらしい緩さにまだ慣れない気持ちを弄びながら、征陸さんに声をかける。



「征陸さんも上がりですよね?」
「ああ、そうだな。六合塚は分析室にいるとメールが来た。上がるか」
「はい」



パソコンの電源を落として、征陸さんと部屋を出る。相変わらず電気しか明かりがない廊下を歩きながら、暗く温度がないであろう自分の部屋を思い浮かべた。誰もいない空間に帰るのがどうしようもなく怖い。



「……征陸さん。あの、よかったらなんですけど、今から飲みませんか?」
「怪我はいいのか?」
「はい。なんだか、飲みたい気分なんです」
「そうだな……俺の部屋に来るか。弁当のお返しをさせてくれ」
「ありがとうございます」



私に気を遣ってくれたのか、征陸さんは断る素振りも見せず承諾してくれた。無言でしばらく歩いていると、全部同じように見えるドアの前で立ち止まった。ドアを開ける背中に続いて、部屋にお邪魔する。

征陸さんの部屋は、明るい縢の部屋とも統一感のない私の部屋とも違い、シンプルですっきりしていた。部屋の隅に置かれた油絵の道具やキャンバスが目を引く。征陸さんらしい落ち着いたあたたかみのある部屋を見回していると、ソファに座るよう勧められた。じろじろと見ていたことに気付いて謝りながら座ると、まふっとしたソファが受け入れてくれた。



「嬢ちゃん、腹は減ってるか?」
「いえ……あんまり食欲がなくて」
「簡単に何か作るとするか。空きっ腹に酒はよくない」
「手伝います」
「いい、座っときな。ただ、あまり期待せず待っていてくれ」



冷蔵庫を開ける音と野菜を刻む音が聞こえてくる。今は料理しないのが普通って聞いてたのに、征陸さんは料理が出来るらしい。そういえばシビュラシステムが導入される前から生きてたって言ってたっけ。そう考えると、シビュラシステムってそんなに古いのじゃないのかもしれない。
しばらくして、野菜と肉と炒めるいいにおいが漂ってきた。……何だか、安心する。目を瞑ってガーゼを撫でると、ぴりっとした痛みが走った。


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