「おいしい!おいしいです征陸さん!」
「嬢ちゃんに比べたらお粗末なもんだけどな」
「そんなことないです!」



ふうふうと焼きそばを冷ましながら、口をあまり開けないようにして食べていく。口の中も切ったけど、そこには水も沁みないという絆創膏のようなものが貼ってあるから痛くはない。こんなに便利なものがあるなんて、さすが未来だ。



「今日は何を開けるかねぇ。日本酒、ウイスキー……嬢ちゃんは何がいい?」
「征陸さんが飲みたいのでいいです。あとでビール持ってきますね」
「いい、今日は俺の奢りだ」
「わ、征陸さん上司っぽい!」
「はは、じゃあ今日はとっておきを出すか」



食べ終わった焼きそばのお皿を食洗機に入れて、二人でお酒のコレクションを覗き込む。たまに知っている銘柄を見つけながらああでもないこうでもないと言い合っていると、征陸さんは一本のワインを取り出した。



「つまみはチーズと生ハムでいいか?」
「はい!」



慣れた手つきで、ワイングラスに赤く透明な液体が注がれていく。部屋中に漂うワインの香りは、どことなく高価そうだ。そういえばとっておきだって言ってたし、高いものなのかもしれない。



「あの、これ高いんじゃないですか?私が飲んだら……」
「安月給じゃ買えるものもたかが知れてる。もう開けたんだ、飲んでもらわないとな。一人じゃ飲みきれん」



──こういうとき、征陸さんとの年の差を感じる。相手を不快にさせず穏やかに笑いながら自分の望む方向へ誘導する術は、長年かけないと身につかないものだろう。
ワインを一口飲むと、思ったよりまろやかで飲みやすい味が口いっぱいに広がった。渋さと酸味が絶妙に混ざり合い、甘味がそれを包み込む。



「おいしい……!」
「そいつぁ良かった」
「さすがとっておきですね!すごく飲みやすいです」



チーズを食べてワインを飲み、ひたすら明るくしゃべり続ける。征陸さんは私の過去の話を相槌を打ちながら聞いてくれ、シビュラが支配する前の話で盛り上がった。懐かしい世界、不便だったけど今より便利でもあったように感じる。過去を懐かしむのは人間の性なのかもしれない。

気付けば二人でワイン一本を飲み干し、いつもより早くアルコール漬けになった体は、私の意思を離れて一人歩きをはじめた。理性が薄れて、勝手に涙を量産しだす。



「す、すみませ……いつもはこんなに早く、酔わないんですけど」
「嬢ちゃん」
「あはは、今日は泣き上戸です、ね」



無理やり笑ってみせるが、征陸さんは笑ってはくれなかった。険しい顔で手を伸ばしてきて、シャツの袖で涙を吸い取っていく。次から次へと出てくる涙は、征陸さんのシャツを濡らした。



「すみません、もう、帰ります。迷惑かけて、すみません」
「迷惑だなんて思っちゃいないさ。──嬢ちゃん、俺はな、すこし安心してるんだ」
「あん、しん?」
「ようやく嬢ちゃんの本心が見えた。若い娘が体張って……怖かっただろう。泣きたいだけ泣けばいい」



目尻から手が離れて、確かめるように頬のガーゼをなでて頭に移動する。ぽんぽん、と優しく動かされた手に、我慢できずに泣き出した。
……怖かった、不安だった、痛かった、泣きたかった。爆発した思いを受け止めてほしかった。泣くことも甘えることも慣れていないせいで、どうしていいかわからない。ただ泣きながら、そばにいてほしいと男物のスーツの裾をそっと掴んだ。気付かれないように、征陸さんが動いたらすぐに離せるように。



「泣きたいだけ泣けばいい。ここにいるから、安心しろ」
「まさおか、さん」



私の気持ちを見抜くような、征陸さんの優しい声がふってくる。服の裾を掴んで精一杯甘えながら、この歳になって声を上げて泣いた。



・・・



「落ち着いたか?」
「はい……」



滅多に泣かないツケが今頃押し寄せてきたらしい。泣き止み方がわからないまま征陸さんの問いに頷いた。ぐずぐずと鼻を鳴らしながら、もう帰りますという言葉をなんとか吐き出して、寂しいという思いを閉じこめた。これ以上はいけない。
そう思うのに、目尻に優しくふれる征陸さんの指先に涙が乗っているのを見て、慌てて目を擦った。さっきまで泣いていた名残だと思っていたのに、拭っても拭っても涙はなくならない。どうしよう、征陸さんを困らせてしまう。



「あの、大丈夫です。泣くことなんて滅多にないから、その、涙がここぞとばかりに出てきたがってるみたいです。迷惑かけてすみません、すぐ帰りますから」
「……女の涙には弱いんだ。泣き止むまでここにいてくれないかねぇ。俺としては、そっちのほうが助かる」



征陸さんは優しすぎる。ずるずると甘えてしまうじゃないか。自分の弱さを征陸さんのせいにしながら、また出てきた涙に嗚咽が漏れる。未来に来てから初めて流した涙は、止まる気配がない。
そのまま泣き崩れて、どれくらい経っただろうか。涙に溺れながら、自分でも気付かないほどゆるやかに暗闇のなかに落ちていった。


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