koi-koi?


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 寒咲先輩の自転車トークは長い。出会ったころはただ驚いて勢いに押されていたけど、ありがたくもあった。今泉先輩に惹かれて大会を見たものの、よくわからなかったからだ。寒咲先輩は、なにも知らない私に嫌がらず丁寧に教えてくれた。その裏には、私をロードの世界に引きずり込んでやろうという魂胆が見え隠れしていたけれども。
 いまも寒咲先輩は、私の腕をがっちり掴んでひたすらに喋っている。なんだこれは。



「寒咲先輩、お誘いは嬉しいんですが、私はまだ先輩ほど知識もないですし」
「そんなもの後からついてくるよ。小野田くんだって、最初は初心者でなにも知らなかったんだよ? ギアやサドルのことも」
「そうなんですか!?」



 たしかに、どこの大会でも見かけないとは思っていた。まさか初心者がインハイで優勝したなんて。
 驚いて今泉先輩に視線をやると、その通りだと頷かれた。それはすごい。とてもすごいけど、私が入部するのとは話が別だ。



「これだけ入部希望者がいるんですから、マネージャーだってたくさんいるんじゃないですか?」
「一人もいないよ?」
「……人気ないんですかね」
「楽しいと思うんだけどねー。だから、名前ちゃんが入ってくれるとすごく嬉しい!」



 そうは言っても、私は寒咲先輩ほどロードが好きなわけではない。好きだけど、それは趣味の範囲内であって、真剣にやっている部員からしたら目障りだろう。



「先輩、私はたしかにロードが好きだし、もっと知りたいと思っています。でも、まだマネージャーをするほど自転車に詳しくありません。みなさん、一生懸命練習されているんでしょう。自転車をこぐことが好きで、たくさん練習しているということは見たらわかります。真剣にしているなかに、私のような中途半端な人間が入っても不愉快にさせるだけです。私も自転車が好きだからこそ、入部するわけにはいきません」



 気持ちが伝わるようにゆっくりはっきり言うと、寒咲先輩が笑った。予想外の反応に驚いていると、さらに笑われる。



「名前ちゃんがそんな子だからこそ、私は名前ちゃんを誘ったの。真剣に考えてくれるから」
「さきほどの言葉が、真剣に考えてだした答えです」
「私だって真剣よ」



 寒咲先輩の大きな目に、力強い光が宿る。こうなると先輩は強いのだ。



「マネージャーはすることが少ないかもしれない。練習メニューは主将が決めるし、メンテナンスも各自ですることが普通。だけど細々した雑用や他校のデータ集め、備品のチェックや部費を集めたり、やろうと思えばいくらでも仕事がある。それに、今年から一気に部員数が増えるわ。初心者だって来ると思う。だからこそ、主将や先輩たちがどうやっても部員全員の面倒はみられない」
「それはそうかもしれないですけど」
「初心者にメンテナンスの仕方を教えたり、個人メニューをこなしている時に悩んでいる部員がいたらすぐに駆け寄れるのもマネージャーよ。各選手のデータを分析してもっと伸びるように主将に提案したり、大会では裏方で支えるという大事な仕事がある。だから、名前ちゃんみたいに真剣に考えてくれる子が必要なの」
「寒咲先輩がいるじゃないですか」
「私だって2年したら卒業よ。引き継いでくれる子がいたら安心だわ」



 押しても引いても、寒咲先輩には通用しない。もう一度助けを求めて今泉先輩を見ると、真剣な顔をして考え込んでいた。一年ぶりに見る先輩は、前よりかっこよくなっていて心臓に悪い。



「……確かにな。オレたちは後輩の面倒まで見きれない。だが部員は増えるだろうし、手嶋さんと青八木さんだけでは限界がある」
「だよね」
「私なんかが入っても足手まといになるだけですよ」
「別に、いいんじゃないか。名字なら、入部しても」



 ……それは、どういう意味だろう。期待しちゃいけないのに、心臓が跳ねて落ち着かなくなる。

 なんとか断ろうとしているところに主将である手嶋さんが来て、入部するのに反対してくれるどころか賛成までした。寒咲先輩が外堀から埋めていってるのがわかって、本気で先輩の望んだようになりそうでこわい。



「マネージャーが二人いても困ることはないし、別にいいんじゃないか? それに、散々聞いてたしな。今年は、真面目でロードが好きでこつこつとロードバイクのことを勉強して大会まで見に行く、マネージャーに最適な新入生が来るって」



 手嶋さんの発言にかたまる。後ろで寒咲先輩がうんうんと頷いているところを見ると、吹き込んだのは先輩らしい。たしかに間違ってはいないけど、それは下心というものがあってしているのであって、純粋に好きという感情で自転車の勉強しているわけではない。
 それでも今泉先輩の「名字なら間違いないだろう」という嬉しすぎる言葉で、入部しないと決めていた心がぐらついていく。



「……わかりました。今年マネージャーが入部しなかったら、入部します」
「やった!」
「たぶんマネージャー希望はたくさん来ますよ。インハイで優勝しましたしね」



 それに、今泉先輩のファンもたくさんいるみたいだし。
 あのインターハイ3日目のゴール前を見て、ロードバイクに関わりたいと思うのは当然の感情だ。女子ならば、ロードに乗るよりもマネージャーになるほうがハードルが低いのではないだろうか。

 そう思ったのに、自分の考えの甘さを知ることになるのは二週間後のことだった。



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