koi-koi?


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「本日入部しました、名字名前です。よろしくお願いします」



 部室で手嶋主将に頭をさげると、横にいた青八木さんとともに歓迎してくれた。後ろでニコニコしている寒咲先輩の罠に嵌ったような気がするけど、深く考えてはいけない。もう入部届けを出してしまったあとなのだ。



「入ってくれたのは嬉しいが、無理したんじゃないか? 入るの嫌がってただろ」



 手嶋さんの言葉に首を振る。嫌だったわけではなく、選手たちを不愉快にさせたくなかっただけだ。
 今泉先輩が、興味がなさそうにしつつも成り行きを見ている横で、寒咲先輩はまだ嬉しそうだ。



「嫌だったわけじゃないですし、約束ですから。私も一生懸命するつもりですが、至らないところや部員の士気を下げたり……あと、私は寒咲先輩と今泉先輩と知り合いでしたから。公私混同などしたら、遠慮なくたたき出してください」
「そんなことしないさ。でも、もし気になるところがあったら言う。これでどうだ?」
「ありがとうございます」



 頭を下げて、すこしだけ手嶋さんに近寄る。寒咲先輩とはたいした距離もないし聞かれるだろうけど、気持ちの問題だ。



「マネージャー志望は、本当にいなかったんですか? それが不思議で……寒咲先輩がなにかしたんじゃないかと」
「名前ちゃん、それどういう意味?」
「大会で私を見かけて気になったからといって、中学と学年を特定するような先輩ですから」
「それが、本当にマネージャーが来なかったのよ」



 先輩の手が伸びてきて、頬をつねられる。痛くはないけど、両頬を引っ張られるとしゃべれない。先輩は放置して手嶋さんに視線を向けると、ぽかんとしたあとに笑われた。寒咲先輩のせいで、よほど変な顔になっていたらしい。
 手嶋さんはまだ体を震わせながら、なんとかしゃべりだす。



「ほ、本当にマネージャーはこなかったんだ。ふたりとも、仲いいんだな」
「ひょれほろれも」



 何度か軽く引っ張られたあと、手が離れていく。なんとなく両頬を手でつつんでガードしていると、また手嶋さんが笑った。

 部室の外からは生徒のざわめきが聞こえてきているし、部員はまだ全員揃っていない。いつごろから部活が始まるのか寒咲先輩に聞こうかと思ったとき、勢いよく部室のドアが開いた。そこには鳴子さんがいて、間近で見る赤髪に思わずじっと見てしまう。
 関西では有名なスプリンター、鳴子さん。私は関東の、しかも自分が見に行った大会で見る人くらいしか知らないけど、インターハイでの走りは凄まじいものがあった。スプリンターなのに坂を登り、一日目のゼッケンも鳴子さんがとっていてもおかしくない勝負だった。



「こんちゃーす! っと、新しいマネージャーか?」
「本日入部しました、名字名前です。よろしくお願いします」
「かったいなぁ! もう少しフレンドリーになってええんやで!」
「それは大丈夫だと思うよ。名前ちゃん、お笑い大好きだから」



 慌てて寒咲先輩の口をふさぐがもう遅い。別に知られて困るということはないけど、なんとなく恥ずかしいものがある。
 みんな着替えるだろうし外に出ようかと思ったとき、鳴子さんにがしっと肩を掴まれた。近い。そして遠慮がない。



「なんや自分、お笑い好きなんか! どの芸人が好きなん?」
「あ……トーテムポーテムです」
「渋いとこいくなあ! まだメジャーやないけど、しっかりした漫才しとるし何よりおもろい! あれはええ芸人や」
「鳴子さん、トーテムポーテム知ってるんですか?」
「もちろんや! 会って握手したこともあるで!」



 それはすごい! 関西の芸人だから会うことはあるかもしれないけど、握手までしてもらえたなんて……!



「すごい! いいなぁ!」
「偶然店で会うてな、握手してもろてん。大阪来るときは言うてや、案内したる」
「ぜひお願いします! 大阪で、新喜劇見て肉吸い食べてみたかったんです」
「ワイに任せぇ! ごっつうまいタコ焼きや串カツの店も知っとるさかい、いつでも声かけてや」



 鳴子さん……なんていい人なんだ。トーテムポーテムと会ったなんて本当に羨ましい。お金を貯めて、卒業旅行で大阪でも行こうかな。
 うきうきしながら部室をでると、続いて今泉先輩がでてきた。どこか険しい顔をした先輩はすぐに私を見つけて、持っていたロードを置く。



「お笑い、好きだったんだな」
「はい。あんまり人には言ってないんですけど」
「寒咲は知ってたぞ」
「あれは話したんじゃなくて知られただけです」



 先輩の機嫌が悪い理由がわからず、なんとか原因を探ろうとするけどさっぱりわからない。もしかして朝練のタイムが悪かったのかもしれない。もしくはすこし調子が悪くて思ったようにロードに乗れないとか、誰かを抜けないとか……。
 そこまで考えたとき、びゅうっと風が吹いた。どこからか葉っぱが飛んできて思いきり顔に当たる。驚いてなんとかそれを取り除いて見たものは、驚いた表情ですこし下を凝視している今泉先輩だった。一瞬意味が分からずにぽけっとしてしまったあとに、慌ててスカートを押えるがもう遅い。先輩が赤くなって視線を逸らした。



「わ、悪い! 今のは……その」
「……いえ。見られたのが今泉先輩でよかったです」



 ほかに目撃した人はいないみたいだし、見られたのが好きな人とはいえ相手は先輩だ。性欲はあるだろうけど、エロ本を読んでいる暇があったら迷わず自転車に乗るであろう先輩だ。AVなんて見たこともなさそうな先輩だ。
 幸い今日のパンツは可愛いやつだし、もし先輩が女に対するなんらかの幻想を抱いていても、そこまでぶち壊すようなパンツじゃないはず。



「私、ジャージとってきます。遅れたらすみません」
「いや……」


 お辞儀をしてから走り出す。教室からここまでの往復で、10分はかからないだろう。そのあいだに部活が始まってほしいのかほしくないのか、自分でもよくわからなかった。



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