koi-koi?


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 桜が満開になるにはすこし早く肌寒い季節。咲いた桜やつぼみが入り混じっている光景は、それはそれでいいものだと思う。見かける女生徒よりかなり長めのスカートが窓から吹き込んできた風になびき、裾を押さえた。あの短さにするには、どうしても勇気が足りない。
 今日は総北高校の入学式。あこがれの今泉先輩と同じ高校に、無事に入学できた。真新しい制服と胸のポケットに刺された花を見て、ようやく実感が湧いてくる。嬉しさでジャンプしたいのを抑え、やっと担任の説明が終わったとばかりに教室を飛び出した。すこしくらい今泉先輩や寒咲先輩と話したっていいよね。

 新品の上履きがきゅっきゅと音をたてる。たしかに私は今泉先輩に憧れてるし好きだけど、それを気付かせる気はない。今泉先輩は出会ったときから自転車のことで頭がいっぱいで、そんな先輩だからこそ好きになったんだから。
 総北に来たのも、受験して受かったなかでそこそこ偏差値が高く学費が安かったからだ。私と先輩は、あくまでたまに会ったときに会釈したり大会の日程を聞いたりする程度。先輩は私のことを、寒咲先輩と同じくロードが好きな人間としか認識していないだろうし、私がいなくなっても気付かないだろう。その程度の淡い関係。

 同じ学校にいても学年が違うと驚くほど接点がないことを、中学のときに学んだ。高望みしてはいけない。期待してもいけない。私はどこまでも、この恋を淡いもので終わらせなければいけないのだ。告白しても先輩が受け入れてくれることはないし、そのせいでわずかな会話さえなくなるかと思うと、そんなハイリスクノーリターンなことは出来なかった。

 上履きからローファーにはきかえて、探索がてら自転車部の部室を探す。インターハイで優勝したし、今年は新入部員が多くいそうだ。寒咲先輩、喜んでるだろうな。
 久しぶりに会う先輩たちのことを考えて角を曲がったとたん、女特有の歓声が聞こえてきた。何事かとあたりを見回すと、そこには「今泉くん」などと書かれた布を持った女生徒がそこそこいて、思わずぎょっとして立ちすくんでしまう。



「あ……あれは……なに?」



 思わず口にしてしまうほどの光景だった。たしかに今泉先輩の顔立ちは整っているから、ファンなどはできやすいかもしれない。でも中学のときはそんなことはなかった。一年のあいだに一体なにが……。
 今日はもう行くのをやめて帰ろうかと悩んでいると、遠くから寒咲先輩が走り寄ってきた。私を見つけてくれたらしい。



「名前ちゃん! 来てくれたんだね、入学おめでとう!」
「ありがとうございます。私も間近で小野田さんを見てみたかったですし……あの、でもあれが」



 きゃあきゃあ騒いでいる女の子を見て、寒咲先輩はあっさりと何でもないように言う。



「今泉くん、顔はいいからね。最近結成されて、試合のときに来るくらいって言ってたから、気にしなくていいよ。練習見に来てても、今泉くん気付いてないし」
「あれに気付いてないんですか?」
「ロードで頭いっぱいだから」



 その言葉に納得してしまって、寒咲先輩に促されるまま歩き出す。今泉先輩はまわりを気にしないから、本当に視界に入っていないんだろう。
 初々しい部員と、期待と不安があふれている部室の近くで立ち止まる。試合で見たことのある顔がちらほらいるなか、寒咲先輩が手をあげた。



「今泉くん!」



 どくんと心臓が膨れ上がる。今泉先輩が卒業してからも、見に行ける大会は見に行っていた。それは私の自己満足にすぎない。卒業してからの一年間、話せたのはたった2回。もう顔も忘れられているかもしれない。



「なんだ。……と、名字か」
「お、お久しぶりです今泉先輩」



 顔どころか、名前まで覚えていてくれた。それだけで嬉しくて胸が苦しいようなあたたかいような気持ちになって、なんだか泣きそうになってしまう。
 今泉先輩の荒々しいともいえる走りに惹かれて大会を見に行ってみたのが、中学一年の秋頃。それからどんどん気になっていって、大会でよく会う寒咲先輩が声をかけてくれて今泉先輩との接点を持って、すこしだけでも話せるようになったのが二年の春も終わる頃だった。名前を覚えてくれたのは、さらに遅い。



「総北に来たんだな」
「はい。また今泉先輩と同じ学校になってしまいました」



 おどけて言ってみると、先輩はやわらかく笑ってくれた。なんだか……雰囲気が丸くなったというか、やわらかくなった?



「自転車部に入るのか?」
「そういうわけじゃないんですが、せっかく総北に来たんですから、インハイを制した走りを間近で見たいと思いまして」
「名前ちゃん、入部しないの!?」



 驚いた寒咲先輩につめよられて、豊満な胸があたる。こうなった寒咲先輩は意外と強引で自転車のことをまくしたてるから、助けてほしい。
 そう思って今泉先輩を見たのに無視された。先輩は意地悪だ。



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