koi-koi?


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 あれから数日、インターハイ予選も終わり、次は合宿となった。マネージャーは合宿に行かないそうだから、数週間後には今泉先輩と会えなくなってしまう。たった数日のことで、高校に入る前は半年会えないのも普通だったのに、ずいぶん贅沢になったものだ。

 はあ、とため息をつく。先輩との仲を否定し続けたから、むず痒い空気は薄れてきたけど、どうにも慣れることは出来そうになかった。みんな私と今泉先輩が付き合っている、もしくはもうすぐ付き合うという目で見てくるのが苦痛ですらある。
 先輩は私のことを恋愛対象として見ていない。それくらい私にだってわかる。先輩と知り合ってから二年以上も何もなかったのに、いまさら何を期待すればいいんだろう。そりゃ、乙女心を持つ者としては、すこしばかり夢をみたりはしてしまうけど。

 ノートと教科書を閉じると同時に、先生の長い話と授業が終わった。午後の授業はお腹いっぱいで、こんな天気のいい日にはついウトウトしてしまう。今日はこのあとノート提出があるから、みんな寝ないように目をこすって取り組んでいた。
 日直はノートを運んでくるように、と言い残して先生が教室を出て行く。今日の日直は私でもうひとりは休みだから、全部私が持っていかなくちゃいけない。ノートの一冊一冊は軽いけど、全員分集めるとそれなりの量と重さになる。次々と教卓に乗せられたそれを持ち上げて教室を出ようとしたところで、学級委員長に声をかけられた。



「もうひとりの日直は……ああ、休みか。オレも手伝うよ」



 委員長はスポーツマンで背が高く、さわやかな好青年だ。正直、とてもモテると思う。クラスの女子が何人か狙っているという話も聞く彼は、いまも面倒くさい仕事をわざわざ手伝うと申し出てくれた。ひとりじゃ職員室までたどり着けるかわからなかったので、ありがたく手伝ってもらうことにする。
 私が譲らなかったのでちょうど半分ずつノートを持って、職員室へと歩き出した。委員長は持ち前の明るさで「あの先生、学期ごとに二回もノート提出させるんだってさ。めんどくさいよな」と、面倒くさいノート運びをしながら、黙り込まないように話しかけてくれている。とてもいい人だけど、部員の名前や使っている自転車などを覚えることを優先した私には、彼の名前がわからない。申し訳なくなりながら出来るだけ愛想よく話していると、後ろから声をかけられた。



「名字」
「あ、今泉先輩」



 うしろには小野田さんが見えて、軽く会釈をする。小野田さんはいつもの優しそうな顔で「大変だねえ。大丈夫?」と声をかけてくれた。委員長は小野田さんのことを知っているようで、すこし近付いて話しかけていた。誰とでも話せてすぐ友達ができそうな委員長が、すこしだけ羨ましい。
 軽い世間話を終えた小野田さんに先に行ってくれと伝えた今泉先輩が、私の手からノートを奪う。いきなり軽くなった腕を見ているあいだにすたすたと歩き始めた先輩のあとを、慌てて追う。



「先輩! それ、私が運んでいたものなんです」
「知ってる」
「私が運びますから」
「じゃあ、まず上の一冊を取ってくれ」



 言われた通りにノートを一冊持っても先輩は止まらず、階段をおりていく。しばらくして「それだけ持っておけ」と言われたことにようやく気づいたけど、先輩は譲ってくれなかった。無理に取ると怒らせそうで、それも出来ない。



「すこしバランスが崩れそうだ。左に来て、なおしてくれ」
「半分くらい持ちますよ」



 先輩は私の言葉を無視して、すたすたと歩いていく。仕方なく先輩の左側に移動して、ノートが落ちないように少しずつ右にずらした。
 左から私、先輩、委員長で並んで歩いているせいか、会話はあまりない。委員長も突然のことについていけていないのか、先輩を見るだけで話そうとはしない。なにか話そうか考えていると、意外にも今泉先輩が口を開いた。



「今日の部活は長くなるぞ」
「何かあるんですか?」
「寒咲が、テーピングのやり方を教えると張り切っていた」
「あー……」



 寒咲先輩が張り切るといろいろ長いのだ。部活中は基本的に寒咲先輩とふたりきりなので、興奮しだした先輩の話を誰かに中断してもらうということが出来ない。
 だけどテーピングは覚えておきたいから、今日は気合を入れて挑もう。テーピングをしなきゃ走れないような選手を送り出すことはしたくないけど、状況と本人が強く望むなら、そういうこともあるかもしれない。まだ走れるのに諦めろなんて言えないし、私が選手でも走るだろう。



「部活が終わったあとが楽しみだな」
「意地悪なこと言わないでください……」
「どれくらい出来るか楽しみだ。名字にテーピングされて、結果を確かめてやるよ」
「嫌です。下手くそですから」
「寒咲にはもう言ってある。諦めろ」



 なんで先輩はこんなに楽しそうなんだろう。不器用なわけじゃないけどすごく器用というわけでもないから、練習してもすぐにうまくなるわけじゃないのに。
 ちょうど着いた職員室のドアを開けて、3人で先生の机にノートを置く。廊下に出てもう一度先輩にお礼を言うと、たいしたことじゃないというように「こっちから行ったほうが教室に早く着くから」と、さっさと歩いて行ってしまった。委員長とふたりで顔を見合わせて、とりあえず歩き出す。



「いやー……今泉さん、だっけ? すごいな、名字と付き合ってるのか?」
「付き合ってません」
「そうなんだ。誤解されてないといいけど」



 どんな誤解なのか、聞こうと思ったけどなんとなくわかって口を閉じた。最近の今泉先輩と私をくっつけようとする動きは、クラスメイトにまで及んだようである。



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