koi-koi?


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 泣いて感情が高ぶっていたとはいえ、かなり恥ずかしいことをしてしまった。今泉先輩も同じようで、ぎこちなく距離をとりながらお互い違う方向を向く。先輩の頬はすこし赤かったし、私も頬や目が赤い。
沈黙に耐えかねてスカートの裾をいじると、先輩がハッとして時間を確認した。



「朝練が始まる時間だ」
「え? あ、大変!」



 気付けば朝練の10分前になっていて、ふたりで慌てて駆け出す。寒咲先輩も、きっともう来ているだろう。
 私を気遣ってスコットを押しながら走った先輩と無事に部室までついて、乱れた息を整える。簡単に髪を手櫛で梳かして声をかけてから部室に入ると、手嶋さんと青八木さん、小野田さんと鳴子さんと寒咲先輩がいた。ほかの部員は外でウォームアップをしているようだ。私を見た寒咲先輩が、ぱあっと顔を輝かせて走り寄ってくる。



「よかったね名前ちゃん、今泉くんと仲直りできて」
「えっ!?」



 たったいま先輩と和解したばかりなのに、なぜそれを知っているのだろうか。とっさに今泉先輩を見るけど、慌てて首を振られた。たしかに私と先輩は仲直りをしてからすぐにここに来たから、誰かに言う時間なんてなかったはずだ。



「裏門坂のとこで名前ちゃんと今泉くんがいい雰囲気になってるのを目撃してね、こそっと様子を窺ってたんだ。今泉くんは名前ちゃんにキスしそうだったし、泣く名前ちゃんなんて初めて見たしでびっくりしちゃった」



 今泉先輩が激しく咳き込む。私はめまいがして倒れるかと思った。あの場面を見られていただけでも死にそうなのに、そんなことまで言いふらされたら死んだあとにトドメを刺されるようなものだ。



「キスなんかしそうになってません! 私が泣いたのは、ほっとしたからで……いい雰囲気じゃないです。お互いの誤解をといただけですから! ですよね今泉先輩!」
「あ、当たり前だろ……! 寒咲も変なこと言うな」
「ええー、でも今泉くんが女の子にそんなことするとこなんて初めて見たよ? 裏門坂でイチャイチャするから、見てほしいのかと思って。今朝あのコース使ってた部員は通れなくてUターンしてったし」



 なんという追加ダメージ。もう立ち上がることさえ出来そうにない。
 ふらっとよろめく私を寒咲先輩が支えてくれ、眩しい笑顔で「大丈夫、みんな喧嘩のこと知ってるから」と心臓に杭を打ち込んでいった。駄目だ……もう部活にいることさえ出来ないほどのダメージだ。



「名前ちゃんが早く帰るだけで珍しいのに、着替えもせず泣きそうな顔で飛び出していって、鏑木くんはおろおろしてるし、今泉くんは機嫌悪いしでみんな察するよ」
「……手嶋さん。すみませんが私を追い出してください今すぐ。もうここにはいられません」
「そんなことしないって言ったろ」



 手嶋さんがおかしそうにくすくすと笑う。こっちは顔から火が出そうなのに、そんなに笑うことないと思う。
 鳴子さんが「スカシもスカシてないことあるんやな。お熱いこって」と茶化してくるし今泉先輩は怒るし手嶋さんは笑うしで、部室が騒がしくなっていく。穴があったら今すぐ入りたい。そしてずっと潜っていたい。

 必死に熱い顔を冷ましていると、鳴子さんのからかいの矛先が私に向いた。小野田さんが止めてくれているけど、あんまり意味はない。



「で? いつからスカシと付き合っとったん?」
「付き合ってないです。さすがに、それはないですよ」



 きっぱりと答えると、部室の音が消えた。今泉先輩まで驚いてこっちを見ているしみんな動きを止めているしで、居心地が悪い。



「だ、だって今泉先輩ですよ? 自転車が恋人を地でいく先輩ですよ? 女の子に言い寄られても無視する先輩ですよ? 先輩が恋をするように見えるんですか」
「……ひどい言いようだな」
「すみません。でも先輩だって、そんな噂たてられたら嫌ですよね? きちんと否定しないと」



 先輩が微妙な顔をして黙り込む。私も、向けられる視線がそれぞれ違って居心地が悪すぎて黙り込む。



「じゃあ、名前ちゃんは今泉くんが付き合うならどんな人だと思ってるの?」
「えっと……しっかりしていて自転車に理解があって、休日を自転車に費やしても怒らない人、とか……? 勝手なイメージですけど」
「名前ちゃんそのものじゃない!」
「私はしっかりしていないので」



 さっきからこの質問や空気は一体なんだろう。もう少ししたら部活が始まるのに、どこかゆったりした雰囲気だ。助けを求めて今泉先輩を見るとすこし難しい顔をしていて、なにかを考えながら薄いくちびるを開いた。



「……名字は、そんな噂があったら嫌なのか」
「嫌っていうか、先輩に迷惑がかかりますから。先輩に好きな人が出来たとき、困ると思います」
「嫌なのか」
「い、嫌じゃないですよ」



 先輩の迫力に負けて、本心をなんとか口にする。本当は嬉しいし、先輩に好きな人なんか出来てほしくないし、噂が広まって真実になってほしい。だけど言えるはずもない。
 先輩はじっと私の顔を見たあと、いつもの顔に戻って頷いた。



「ならいい」



 そのままドアを開けて部室を出て行ってしまった先輩をぽかんと見送って、朝練の時間になったことに気付いた先輩たちも次々と部室を出て行く。私は昨日から展開についていけていない。
 寒咲先輩が私を引っ張って外に出ながら、おかしそうに笑った。



「今泉くんも、いつか恋すると思うよ。不器用だけどね」



 それはわかっているけど、どうせなら私の恋が死んでからそうなってほしいと、勝手なことを心の隅で思った。



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