koi-koi?


Input


「おーいマネージャー! こないだ言うとった、トーテムポーテムのサイン持ってきたで」
「本当ですか!?」



 思わず大きな声が出るのも仕方ない。鳴子さんがまさかトーテムポーテムのサインを持っていて、しかも私にくれるなんてまだ夢みたいだ。スーパーのビニール袋に入れられた色紙はあまり丁寧に扱われていないみたいだったけど、劣化はしていないようだ。
 ほい、と軽く渡された色紙をビニール袋から出して眺める。そこにはテレビで見たことのあるサインがあって、思わずぎゅっと抱きしめた。



「ありがとうございます鳴子さん! メールくれたときは嘘かと思いましたけど!」
「ワイは嘘なんかつかん男やで! トーテムポーテムに会うたときにお店のおばちゃんに色紙もろて、サインしてくれって言うたんや。嫌がらんと書いてくれてな、テレビで見るよりシュッとしとったで」
「そうなんですか……! 大阪に行ったら会えるかな……」
「たまに新喜劇に出とるし、そこらへんにおるんちゃう? 会えるかはわからんけど」



 横で小野田さんが「よかったねー」と言っているのに頷く。今日の朝練はドタバタしていて色紙をもらうのを忘れていたから、放課後がどれだけ待ち遠しかったことか。部室だけどまだ部活がはじまるまで時間があるし3年の先輩たちは来ていないし、少しはしゃいでもいいだろう。
 持参していた袋に入れる前にもう一度色紙を見て、そうっとバッグにしまう。丁寧な手つきを見て、鳴子さんが豪快に笑った。



「もう見んでええの?」
「これ以上見たら部活に支障が出ますから。あとは家でトーテムポーテムのDVD見ながらじっくり愛でます」
「そんなに好きやったんなら、色紙があるの早よ思い出せばよかったわ」



 鳴子さんがロッカーのドアを閉めたと同時に部室に手嶋さんと青八木さんが入ってきて、もうそんな時間かと時計を見た。挨拶をして部室をでて、何をしていようか考えてゴミ拾いをすることにした。
 いまから部室は着替える部員が増えていくから、部室には入れない。寒咲先輩は今日はすこし遅くなるかもって言ってたし、サインに浮かれて本を持ってくるのを忘れるんじゃなかった。せっかく小野田さんが譲ってくれたのに。
 見回すかぎり目立ったゴミはなかったので石拾いをしていると、部室が空いて今泉先輩が出てきた。少しだけ開けてするりと出てきた先輩は、私を見つけて歩いてくる。



「名字、すこしいいか」
「はい、なんでしょう」
「その……鳴子とは連絡先を交換しているのか」



 予想外すぎる言葉に、脳みそが質問を理解するまで数秒かかった。気まずそうに答えを待つ先輩に気付いて、慌てて頷く。



「はい。鳴子さんが聞いてきたので」
「あいつ……」
「もしかして、いけないことでしたか?」
「そんなことはないが……小野田のも知っているのか?」
「はい。後輩とは連絡先を交換するものだと嬉しそうに言っていました。後輩として見てもらえてると思うと、嬉しいものですね」



 先輩が驚いた顔で見てくるのに、驚いて見返す。部活に入るのが初めてだから先輩との接し方はわからないけど、アドレスや電話番号を交換するのはそんなに驚くようなことなのだろうか。私は見習いとはいえマネージャーだし、自転車部の一員だし、誰の連絡先も知らないのもおかしいと思うんだけど。



「ほかにも知ってるのか」
「手嶋さんや青八木さん、鏑木くんは知っています。あとは杉元さんたちや古賀さん、通司さんの番号も一応」
「……そんなに知ってるんだな」
「マネージャーですし、業務の一環だと寒咲先輩は言ってましたけど」
「オレのは知らないだろ」
「はい」



 先輩のアドレスなんて、部活で必要だとしても軽々しく聞けるものではない。片思い三年目、いまでも話しかけられるとドキドキするのに、そんなこと自分から言ったら、間違いなく心臓が肋骨を突き破ってこんにちはする。



「ん」



 先輩が自分の携帯を差し出してくる。なにが言いたいかわからなくて携帯と先輩を交互に見ていると、焦れったくなったらしい先輩が携帯をいじりはじめた。もう一度突き出された携帯の画面にはアドレスの新規作成の画面が開かれていて、ぽかんと先輩を見つめる。



「業務の一環なんだろ?」



 ──これは、夢かもしれない。部活に必要なことかもしれないとはいえ、先輩と連絡先を交換するなんて、しかも先輩から言い出すなんてあるはずない。
 思わず期待してしまいそうになった自分を諌めながら、茹であがりそうな頭を必死に冷ました。落ち着くのよ私、これは部活に支障がでる前にお互いの連絡先を知っておこうという提案であって、決して期待しているようなものじゃない。
 今泉先輩が恋をするなら、まず寒咲先輩にする可能性が高い。顔とスタイルがよくて胸も大きく、自転車への理解はありすぎるほどある、今泉先輩を小さいときから知っている女子。少女漫画だったらヒロインとして描かれる存在だ。
 もし今泉先輩が誰かを好きになったり付き合ったりしたなら、祝福して何年かかっても諦めようと決めたじゃないか。こんなことで期待をしたら、今泉先輩の迷惑になる。



「名字」



 どこか不安そうに私を見る今泉先輩に気付いて、首を振って嫌ではないことを伝えた。そんな誤解はされたくない。



「自分のアドレスを思い出そうとしていたんですが、やっぱり全部は思い出せなくて。あとで赤外線で送ってもいいですか?」
「ああ」



 素直にしまわれた先輩の携帯を見て、心の一部は舞い上がって一部は騒ぎ立てて一部はいますぐ交換できないのを残念がって、自分の感情なのに制御できなくなって目を閉じた。今泉先輩の携帯電話には、どれだけ女の子の連絡先が入っているんだろう。



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