「お前、エレンと仲いいだろ。何言ってんだよ」



 ジャンの言葉にスプーンを落とした。たしかにエレンとはたまに話すけど、そこまで仲が良かった記憶はない。
 首をかしげる私に、ジャンが眉をよせた。本気で言ってんのか、という台詞にまた違和感。エレンと私って、話すのは普通だけど話さないのも普通じゃなかったっけ?



「壁の外の話をしてるだろ」
「え? ……ああ、そうだった」



 そうだった。私とエレンは壁の外に憧れを持つ、数少ない同じ感覚をもつ仲間だ。ほかの同期は憧れより恐怖が強く、壁のなかで縮こまっていれば何事もなくすぎていくと思っている人が多い。ジャンが心配したように顔を見てくるのに笑ってみせた。



「……お前、本当に大丈夫かよ。様子がおかしいって、ライナーが心配してるぞ」
「ライナーは心配性だから。そこが可愛いでしょ?」
「あんなデカブツを可愛いと思えるなんて、たしかにイカレてんな。どこかの死にたがり野郎と一緒で」



 それきり黙ってパンを口に運ぶジャンの横で、マルコが苦笑いする。
 ……マルコ。そう、マルコになにか伝えなきゃいけないことがあった気がするのに、思い出せない。とても大切なこと。じゃないとマルコは──



「ナマエ、それ食べないならもらっていいですか?」
「駄目。今度メロンパンあげるから」
「メロンパン? なんですかそれ! おいしいんですか!?」
「おいしいのかって、サシャがいつも食べて──」



 言葉が不意にとぎれた。目を輝かせるサシャになにを言おうとしたのかは、もう誰にもわからない。
 ジャンとマルコの顔が歪む。まだ見ぬメロンパンを思い浮かべるサシャだけは楽しそうで、あげられないメロンパンの代わりに食べかけのパンを口に突っ込んで大人しくさせた。

 おかしい、何かがおかしい。それなのに思い出せない。こんな悲劇に満ちた、一方的に人類が捕食されるだけの世界じゃなかったはずだ。死は老人や、運悪く事故にまきこまれたり病気になった人に訪れるもの。こんな身近に、ましてや訓練の最中に死ぬような日常は、私にはなかった。



「ナマエ? 大丈夫?」
「マルコ……お願い、逃げて。巨人が来たとき、必ず逃げてね。じゃないと私……!」



 じゃないと、私はどうなるの?
 また言葉につまって、マルコが心配したように立ち上がった。いつのまにか席を立っていた私を、なだめるように座らせる。
 空気が吸い込めない。この世界のものを摂取することを拒んでいるみたいだ。サシャが異変に気付いて私のおでこに手をあててきた。熱はないの、違うの、よくわからないけど全部ちがうの。



「最近のナマエ、たしかにおかしいです。前はもっと鋭かったような……」
「確かにな。こんなに間抜けで腑抜けで腰抜けでもなかった」
「ジャン、言いすぎだよ。卒業前で緊張してるんじゃないかな」
「違うのマルコ、卒業じゃなくて、私……大切なことを忘れてるのに、思い出せないの」



 一番大切な人に、伝えたいことを伝えていない。それが思い出せなくて苦しい。思い出したいけど思い出したくない。

 気付けば目の前にエレンがいて、ぱちぱちと瞬きをした。どれくらい考え込んでいたんだろう。エレンは不思議そうに顔を覗き込んできながら、水を差し出してきた。素直に受け取って飲む。



「どうしたんだよ。何か忘れてるって、もしかして壁の外に行きたい理由か?」
「……壁の外?」
「いつか話してくれるって言ったろ。それを忘れたから混乱してんじゃねえか?」



 巨人と壁の外にしか興味のないエレンらしい結論だ。遠くの席で、ミカサとライナーが揃ってこちらを心配そうに見ていた。はじめてのお使いにでてくる両親のようで、心がほぐれる。
 笑うと体から力が抜けて、ようやくまわりが見えるようになった。ジャンとマルコとサシャが、変わらず心配そうに様子を窺っている。



「エレンはどうして壁の外へ行きたいの?」
「──俺たちは自由だ。どこにだって行ける権利がある。俺はこの世界に生まれたから、外に行きたい」



 エレンの理由は、わからない人には一生わからないだろう。私にも感覚でしかわからないから、エレンの考えに頷きはするけど賛同するわけではない。つぎは私の番だと見てくるエレンに口を開きかけて、とまる。

 外になにがある? 壁のない土地も海も平穏な生活も自由も、なにもかも知っているのに。知らないのは巨人だけ。人を食べる、人の姿をした人でないもの。どうやって人が食べられていくか、絶望した顔がどんなものか、もう見ているというのに。
 最後にどんな裏切りと仕打ちが待っているか、私は知っている。木の上でひとり寂しく、最期を誰に伝えるでもなく死んでいく、十数年しか生きていないひとりの人間。



「ナマエ? どうしたんだよ」



 慌てたエレンの声が聞こえて、ようやく自分が泣いていることに気付いた。やってきたライナーがエレンに詰め寄るのをとめて、ライナーに体を預けた。きっとこうしていられるのもあと少しなんだ。



「ちがうの……ちょっと、思い出して。まだよくわからないんだけど、すごくつらいこと。エレンは悪くない。ごめんエレン、外に行きたい理由はまた今度ね」



 エレンは頷いて、ミカサによって連れて行かれた。いまはベルトルトの視線なんてどうでもいい。お願いライナー、どうか出来るかぎり私を抱きしめていて。



return

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -