いつもより早く目が覚めた。体が自然におきたような感覚に、まだ寝ていたいと自分の体に文句を言う。眠たい頭で、おきた原因を探った。トイレかと思ったけど、そうではないようだ。
 もしかして気付かないうちに目覚ましが鳴って、反射的にそれを止めたのかもしれない。なにしろ今日はリヴァイ先生のテストだ。赤点どころか半分以下の点数をとったら、強制的に掃除をさせられる。前々回はトイレ、前回は廊下。リヴァイ先生が指導する掃除だけはしてはならないというのが、我が学校の暗黙の了解だ。

 淡くすがすがしい空気は、早朝と呼ぶにふさわしい時間独特のものだ。ひとまず時間を確認しようと枕元を探った。目当てのものがいつまでも見つからなくて、渋々ひっつこうとするまぶたを開ける。そこは私の部屋じゃなかった。



「……どこ、ここ」



 からからに乾いたのどがなんとか言葉を絞り出す。まだ睡眠が支配している部屋は、どこかの合宿所のようだった。たくさんの同い年くらいの女の子が寝ていて、私の横にはサシャが幸せそうな顔で睡眠をむさぼっている。
 どくどくと鳴る心臓をおさえて、細い息でなんとか深呼吸をした。どうやら寝ぼけていたみたいだ。ここは104期訓練兵の女子が寝る部屋だ。目が覚めたのも当然、もうおきる時間じゃないか。いやな夢を見たあとみたいに、体が汗ばんでいた。幸せな夢をみていたはずなのに。

 さっと着替えて、そうっと部屋の外へでる。その動作がやけに機敏で、自分の体を調べるように動かした。
 ……お肉が減っている気がする。脂肪は減って筋肉がついているなんて、いつのまにダイエットに成功したんだろう。あと髪も短い気がするんだけど……気がする、だけだよね。だって髪を切ったのって一ヶ月くらい前だし。



「ナマエじゃないか。朝早いな。おはよう」
「──ライナー」



 朝の光のなかでライナーが微笑む。真っ白なパンツスタイルに巻き付くベルト、上には訓練兵のジャケット。この姿を見るのも3年目なのに、はじめて見たように目を見開く。どうしたのかと近付いてくるライナーの後ろには、こちらに来ないベルトルトがいた。
 ベルトルトはどこか私に冷たくて、話しかけても冷たくあしらわれる。もう慣れたことなのに、どうして悲しいだなんて思うんだろう。もっと仲が良かったように思うのに。



「ちょっと──何でだろう、どうしてかわからないけど見惚れちゃって……一目惚れ? 惚れなおし? わからないけど、すごくかっこいい。おはようライナー」



 ライナーは瞠目したあとに、ふっと目をそらした。その顔に隠しきれないわずかな照れが浮かび上がっているのを見て、思わず笑う。なんだかライナーが可愛い。
 それに気付いたライナーが頭を小突いてくるのを、笑って受け入れた。全然痛くないそれは、愛情表現だ。



「本当のことを言っただけなのに、どうして照れるの?」
「本当のことを言っていいのか? なら、そうだな……ナマエはすごく可愛いぞ。毎日見ていても飽きないし、ナマエは気付いていないらしいが拗ねるときに片足のつまさきが上がる。それが可愛くてな、」
「……私が悪かったです」
「よし」



 悪い子が反省したときのように、頭をなでられる。子供扱いされているようで少し拗ねたくなるけど、これもライナーの愛なのだ。壁のなかでこんなことをしてもらえるのは私だけだと思うと、この行為も愛しいものに思える。



「朝からいちゃつくのやめろよ。見てみろ、ベルトルさんが不機嫌だろうが」
「……別に、そんなのじゃない」
「あ、おはようユミル。そうだよね、ごめんベルトルト。もうライナーを返すから」
「俺はものじゃないぞ」



 呆れたように私とユミルをたしなめるライナーは、言葉では否定しながらベルトルトの横へ戻った。ベルトルトはようやく少しだけ安心したように肩の力を抜く。面白そうに成り行きを見ていたユミルが、にやにや笑いながら肩にひじを乗せてきた。重い。



「これ、本当にデキてんじゃねえの? ナマエはカモフラージュだったりしてな」
「え……じゃあベルトルトが私を殺しそうな目で見てくるのは……」
「そりゃ、恋人を寝取られたら嫌だろ」
「ちょっ、僕はそんなのじゃ、」
「え? 私とライナーはそんなことしたことないけど」



 空気が凍る。ライナーが驚いて見てくるのに、ハッとして浮かび上がった記憶を確認した。
 ライナーと私がはじめてそういうことをしたのは2年も前だ。それから、多くはないがそういう行為は続けてきた。ずきりと頭が痛む。この違和感と、自分の情報を確認するたびにおこるタイムラグはなんだ。自分のことなのに、どうしてわからないの。



「今日、昔の夢……未来の夢? 見てたみたいで……朝からちょっと混乱してるの。ごめんね」
「いや……いい。大丈夫か? 頭が痛むか?」
「大丈夫。ライナーとのこと、きちんと覚えてるから。なにしろ緊張しきった顔で数分話さなかったあとにいきなり、」
「それだけ話せればじゅうぶんだな」



 ライナーが口をふさいでくるのに、逆らわずに黙る。そうだ、私はここで生まれ育って、巨人を倒すためにここにいるんだ。あと一ヶ月で卒業演習。一週間先には、はじめての丸一日の休みがある。ライナーとデートする約束をしてるし、こんなところで違和感なんかに構っていられない。
 そう思うのに、慣れない世界にいるという思いがいつまでたっても拭えなかった。
 ──私、どうしてここにいるんだろう?



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