体は慣れたように動くのに、精神がついていかない。立体機動は素早く目の前の物事を処理し、つねに遠くまで見ている必要がある。体は木々を避けていく。心はばくばくと煩い。もう3年もこの訓練をしてきたというのにどこかぎこちない私を見て、ユミルが呆れたように言った。



「気が抜けてんじゃねえの?」
「んー……そうなのかな」
「ここ数日変だ。もっと殺気立ってだろ、お前」
「そう?」
「壁の外で死ねるなら本望だっつって、エレンと意気投合してたじゃねえか。このあいだ泣いたらしいし」
「ユミル、ナマエだっていろいろあるんだよ」



 クリスタの言葉に、ユミルは顔をしかめながらも口を閉じた。クリスタに促されて飛んでいく二人を見送って、ガスをふかす。卒業演習には確実に立体機動がふくまれているから、頑張って慣れておかないと。
 ワイヤーを木に刺す。ガスで空を飛ぶ。細い木々のあいだをすりぬけて、巨人の模型を発見したら斬りかかる。馴染んだ刃の感触に、高揚していくのを感じた。ああでも、スカートがめくれないように気を付けないと。違う、私はいま白のパンツスタイルだ。ローファーが脱げちゃう。よく見て、膝まであるブーツをはいてるじゃない。



「よおナマエ! 絶好調だな!」
「コニー、前見ないと危ないよ」
「どうってことねえよ!」



 後ろから来て追い越していくコニーの背中を追う。コニーは小さくて体重が軽いから、スピードが出やすい。これは巨人と戦うときに大きな利点となる。殺すにしろ逃げるにしろ、機動力を失ったらその時点で人間は敗北してしまうのだから。



「コニー! 危ない!」



 いい点をとろうと焦りすぎたのかもしれない。ガスをふかしすぎてスピードが出ているなかでワイヤーが絡まるという初歩的なミスをして、コニーの体がバランスを崩した。なんとか立て直そうとする前に落ちていく体は、いくら軽くても重傷を負ってしまうかもしれない。
 ガスをふかしてコニーのワイヤーを掴み、こちらに引き寄せた。地面に落ちる前になんとかコニーを抱き寄せることに成功する。安心したのも一瞬、そのまま木に叩きつけられた。息ができない。背中をしたたかに打ち付け、ふっと意識を失った。



・・・



 楽しくて危険のない高校生活。ライナーと付き合って、もう何年になるだろう。ベルトルトとアニと仲がよくて、4人でよく一緒にいた。いまとは大違いだ。
 未来の私。いまの私。過去と未来がどうしてか入れ替わって、過去の私は願った平和な世界を謳歌していることだろう。身を苛む違和感と戦いながら。
 目覚めなければ、気付かないふりをすれば、平和な世界で生きていくことが出来る。この悲惨な人生の終わりを私に任せて、いままで巨人に消費されてきた人生の代わりに壁のない世界で生きていく。
 それも選択できるのに、私はそれをしないだろう。この世界の私はいまの私とはすこし違って、自分の意思で突き進んでいく強さを持った人だから。その強さを、私も受け継いでいると信じてる。だって過去も未来も、ぜんぶ私なんだもの。だから終わりを受け入れて始まりを認めることだって出来るはず。

 どこでどうつながっているかわからないけど、過去の私も未来で記憶を取り戻したのだろう。まだ混乱しているけど、どんな結末を迎えるかは思い出すことができた。どこまでも一心同体な私たちが、未来でひとつになれるといい。そうしたら、幸せも一緒に味わえるもの。ああでも、結局は私と私だから、性格に裏表がある程度の違いなのかもしれない。



「コニー。言いたいことはわかるな」
「すまん! あとでナマエにも謝る! 殴ってくれ!」
「歯を食いしばれよ」



 鈍く痛そうな音がした。次いでコニーが床に倒れこむ音も。ゆっくりと目を開けて、くらむ視界と痛む背中に顔が歪む。そうっと動かしてみて、どうやら打撲で済んだらしいと一安心した。
 ライナーが駆け寄ってくるのに笑ってみせて、上半身をおこした。湿布かなにかが貼ってあるのか、背中がひんやりとして痛みを軽減してくれているようだ。



「ナマエ! 大丈夫か? 打撲だが、しばらく動きづらいだろ」
「いつでも万全の状態で巨人に遭遇するとは限らない。むしろ最悪な状況のほうが多いんだから、その予行練習だよ」
「すまんナマエ! オレが調子に乗ったばっかりに……」



 コニーの頬が早くも腫れかけている。それを気にもせず謝ってくるコニーは、いつものお調子者じゃないみたいだ。下を向いたままのコニーの坊主頭をなでると、ようやく顔をあげた。驚いて目を見開いている。



「大丈夫。コニーのおかげで大事なことを思い出せたから」
「けどよ、」
「この私にも強さが受け継がれていてよかった。コニーを助けたことで、自信がついたよ。ありがとう」
「礼を言うのはこっちだ! 女なのに、もし傷が残ったら……」
「女である前に兵士だから。でも納得できないっていうなら……生まれ変わっても、また私と友達になって。約束よ」



 コニーが唇を噛み締めて頷く。ライナーに促されて医務室を出ていく寸前、教諭を呼ぶのはもうすこしあとにすると言って、振り返ることなくドアを閉めた。そういえば見当たらない保健の先生は、席を外しているらしい。
 心配するライナーに向かって目を閉じると、小言がやんでキスがふってきた。もうすこしだけ今のあなたのそばにいさせてね。あなたに伝えたい言葉を手渡す、明日のデートの日まで。



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