いつもより早く目覚めた。慌てることもなく騒ぐこともなく、静かに自分の運命を受け入れる。念入りに髪を梳かして顔を洗って、制服を着る。リビングに行くと、忙しそうなお母さんが驚いた。



「こんなに早く起きるなんて、今日は槍でも降るの?」
「そうかも」



 笑っていつもの席に座って、未来の自分に手紙を書こうか一瞬迷ってから首をふった。いまの私も未来の私も、けっきょくは同じ私。書こうとしたことは、これが終わったあとにすべて伝わるはずだ。
 パンとスープとサラダ、ベーコンに目玉焼き。それらをゆっくりと味わって食べて、いつもよりはやく家を出た。いってきますと言うと、お母さんもお父さんもいってらっしゃいと言ってくれた。うん、いってきます。過去へいってくるよ。

 朝の空気はすがすがしい。木に宿る緑まできれいに見えて、急がずに寄り道をしながら学校へと向かった。壁のない平和な世界。これは未来か、それともいくつもある違う世界なのかはわからないけど、巨人がいないだけで喜ぶべきことだ。
 歩くにつれ同じ制服をきた生徒が増えてくる。ゆっくり歩きすぎたせいか、学校についたのはいつもよりすこし早い程度だった。教室のドアを開けると、いつもより少ないクラスメイトが挨拶をしてくる。そのなかに珍しくライナーがいるのを見つけて、挨拶をして隣に立った。



「ライナー、ぜんぶ思い出したよ」
「──そうか」



 ライナーはそれ以上なにも言わず、黙って唇を引き結んだ。私とライナーの前世。なにも知らずに恋人になった私を置いて、ライナーは当初の目的である故郷へ帰ることを優先した。恋人であった私には当然疑いがかけられて、捕まえられて知らない情報を吐き出させようと色々された。でも何も知らないからそう言い張って、ライナーが巨人だなんて嘘だと言い張って、最後には牢屋から出された。
 出されたけど、証拠を吐き出さなかっただけとして扱われ、ライナーが釣れれば上等と壁外調査にだされた。私を信用する人はおらず、助けようとする人もいない。馬も失って最後の刃は折れ、なんとか木にのぼって巨人の口を上から見下ろしている状態。壁は遠く、片足はすでに食われた。帰る術はない。



「私にはなにも言ってくれなかったね。仕方ないことだけど。置いていかれて裏切られて……それでもライナーのこと嫌いになれなかった。秘密を打ち明けられない関係を築いた自分が情けなかった」
「違う! ……何度も言おうとした。だが言えなかった。怖かったんだ……いつか殺す人類を好きになった自分が」



 苦しそうにライナーが吐き出す。言えなかったことを、伝える術もなかった思いを、ようやく言えるとばかりに。
 それは私も同じだ。置いていかれたとき、どんなに恨み言を叫びたかったか。どんなに悲しかったか。どんなに好きだと実感したか。それを伝える相手はもういないというのに。
 ライナーが息を吸い込む。本音を伝える恐怖に、わずかに手をふるわせながら、それでもまっすぐ見てくる。



「──嫌われたくなかったんだ。言いたかった。言えなかった。俺についてくれると確信が持てなかった。人類すべてを裏切って、身の安全も保証できない場所に行く決意を、してくれるはずがないと……」



 ライナーは巨躯をふるわせて、目から綺麗な涙をこぼした。懺悔のようなそれにくちびるをよせて口付ける。ライナーが泣くという事実だけで、心がどれだけ押しつぶされそうになっていたのかがわかった。ライナーとベルトルトとアニが、最初から優しかったわけも。
 できるだけ優しく、赤ん坊のように泣くライナーを包み込む。背中をなでてぎゅっと抱きしめて、すこしでも愛が伝わるように。



「戻ったら私は死ぬと思う。でも戻らなくちゃ、この世界にいるべき私が死んでしまう」
「死ぬ? どういう状況だ? 駄目だ、死ぬとわかっていて行かせるわけにはいかない」
「それこそ駄目だよ。死ななきゃ、この平和な未来はやってこない」
「だが……!」
「最後に聞かせて。──私をおいていったとき、本当はどう思ってたの? かりそめの恋人でも、取るに足らない存在だったとしても、受け入れるから。ライナーの本当の心が知りたいの」



 ライナーの目に光が宿った。すこし怒ったように眉があがったが、すぐに元に戻る。薄いくちびるが開いて、愛をたっぷり詰め込んだ声が耳に届いた。



「愛してる。いまも昔も、ずっと変わらずに、ナマエだけを」
「……ありがとう」



 すうっと心から重りが消えたような気がした。最後にキスをせがむと、神聖な儀式のようにキスがふってくる。離れたくちびるに笑って愛を受け止めて、さあ、帰りましょう。



「私も愛してるわライナー。死ぬまで、ずっと」



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