日々はおだやかにゆるやかに過ぎていく。朝おきて、ご飯を食べて学校に行って、帰りはだいたいアニとおしゃべりしながら帰る。無口で一人が好きなアニだけど、私にだけは出会ったときから優しかった。部活がないときはライナーと一緒に帰って、たまにベルトルトと四人で寄り道をする。
 おしゃべりして、日々のちょっとしたことを大げさに騒ぎ立てて、命の危険もなく、死はテレビの向こうや老人に訪れるもの。ぬるま湯にむりやり沈められているみたいだ。ここにいれば安全だ、息をしなければいいだけ。それだと死んでしまうのに、クラスメイトは悠々と生きている。

 だいぶ人の少なくなった校舎は、昼間と違って静かだった。部活のかけ声や吹奏楽部の楽器の音が、しんとした校舎に響く。なぜか誰にも見つからないように、そうっと廊下を歩いた。部活があるライナーを待つと言ったときの、アニの心配そうな探るような顔を思い出す。大丈夫だと言ったものの、アニはどこか悲しそうに目を伏せ、ナマエに任せるとだけ言った。
 最近はライナーもベルトルトも、どこか緊張しているようだ。すこしの変化も逃すまいと肌をぴりぴりとさせ、私を観察するように見つめる。最近の私はたしかにどこかおかしいけど、そんなに心配したり警戒するようなことじゃないのに。

 誰の邪魔にもならないように、そうっとライナーが部活に打ち込んでいる姿を見つめる。こうしていると、まるでストーカーみたいだ。
 ……ん? あれ? 前にもこんなことがなかったっけ? みんなの中心にいるライナーを、そうっと見つめている自分。飛び回っているときに助けられて、それで……。



「おや? 帰らないのか?」



 おだやかな声に、大げさなほど体が跳ねる。慌てて振り返ると、そこにはエルヴィン団長がいた。どうして、なんでここに。慌てて敬礼をして、声を張り上げる。



「エルヴィン団長! はっ、自分は、」



 ……自分は、なに? 恋人の部活が終わるのを待っていた、ただそれだけ。それだけなのに、こんなよくわからないポーズをして自分の行動を告げて、許可を得ようとしている。エルヴィン教頭に許可をもらわなきゃいけないようなことは、何もしていないのに。
 エルヴィン教頭は、どこか哀れでかわいそうなものを見る目で私を見つめた。手をおろすように言われ、肩におおきな手が乗せられる。



「確かに、ここにはなぜかそういった人物が集まっている。これが偶然か必然か、私にはわからない」
「エルヴィン教頭……」
「君はまだ記憶が混乱しているようだね。だからこそ言っておこう。過去に苦しむ必要はない。したいことは出来るし、阻む壁もない。忘れなければならないということではない。覚えておかなければいけないことでもない。ただ君はどこまでも自由で、どこまでも縛られる。──君の人生に、幸多からんことを」



 よくわからないまま、エルヴィン教頭の低く落ち着いた声が染み渡っていく。渇望していた言葉を一気に飲み干すのはもったいないと言わんばかりに、じんわりと。
 そこまで感じてもなにを言われているかわからない私を見て、エルヴィン教頭は笑った。やさしく教え子を導くように、頭をぽんぽんとなでられる。



「急がなくていい。焦らなくてもいずれ思い出す。それまでいまの生活を満喫すればいい」



 やさしく微笑んで、エルヴィン教頭は去っていってしまった。──あんな優しい顔をする人だったっけ。いつも何か思いつめたような、遥か先を見ているような、そんな顔をしていたような気がするのに。
 そのままぼんやりと、何度もエルヴィン教頭の言葉を反芻した。忘れないように頭に刻みつけておくように。そこに私の違和感の答えがあるはずなのに思い出せない。思い出さなくていいとなにかが叫んでいるのに、思い出さなきゃいけないとどこかが叫ぶ。

 じっと座り込んで考え込む私の耳に、どこか懐かしい声が響いた。驚いたように名前を呼ばれる声に顔をあげて、あたりの暗さに驚く。



「ナマエ、待っていたのか? 待っているならメールをしろと、いつも言ってるだろ」
「……ライナー」
「どうした? どこか変なのか?」



 部活を終えて制服を着たライナーが、友達である部員を置いて私に駆け寄ってきた。
 さきに帰っていてくれと言うと、当たり前のようにまた明日という仲間の言葉に、ライナーも当たり前のようにまた明日と返す。それをぼんやりと見つめた。当然のようにある明日は、本当にくるのだろうか。



「ちょっとぼんやりしてて。一緒に帰りたかったけど、無理ならいいかなって」
「一緒に帰るに決まってるだろう。送る」



 自転車のかごにふたつの鞄を乗せて、急ぐでもなくゆっくりと帰る。お腹がすいているだろうに顔に出さず文句も言わないライナーに、チョコを渡してふたりで食べた。
 もう日も沈んでいる夕闇のなか、ぬるい風がライナーの頬をなでる。なんだか風がうらやましくて、黙って目を閉じて顔を近付けた。久しぶりのキスに涙が出たのはきっと、この日常があまりにも愛しいからだろう。



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