いつもより少しだけおしゃれをして、髪を梳かして、ミーナに軽く化粧もしてもらった。
 朝早くから出かける私を、ミーナとユミルがからかう。それに笑ってから、待ち合わせ場所に急いだ。朝早いのは、すこしでも長く一緒にいたいからだ。



「ライナー! お待たせ」
「本当に散歩でいいのか? 行きたい店があるって言ってただろう」
「それは午後のお楽しみ」



 そして過去の私のお楽しみ。残りわずかな楽しい時間と、想像していたデートプランを堪能させてあげないと。
 ふたりでゆっくり歩きながら、いろんな話をした。いままでのこと。訓練のこと。卒業演習への不安。これからのこと。
 ライナーの口から出る未来は希望にあふれていて、本当に叶いそうな気がしてくる。私を故郷に連れて行きたいと言ってくれたこと、絶対に忘れない。

 お昼にはまだ少し早いけど、ちょうど誰もいない場所にでた。木は風にゆれていて、草のにおいがする。ライナーに向き合って、風に遊ばれた髪を押さえた。



「ライナー。いきなりのことで驚くかもしれないけど……私は未来から来たの」
「……ナマエ?」
「私たちみんな生まれ変わって、同じ時代の同じ場所で生きてる。そこは壁も巨人も存在しなくて、私たちは自由なの。捕食される恐怖なんてなくて──ライナーは、今でも苦しんでる」



 ベルトルトやアニから何か聞いたのかもしれない。ライナーは驚きで目を開いたものの、すぐに真顔になった。
 促すでもなく遮るでもなく続きを待ってくれる姿は、私の知っているライナーだ。



「来世ではね、みんな幸せに暮らしてるの。私とライナーはまた恋人になってて、毎日一緒に授業うけてお弁当食べて、いまみたいに悩んでないんだよ。私、幸せだから。大好きよ」
「──ナマエ」
「裏切られても、最初から天秤にかけられてなくても、最後には故郷を選んでも。恨んでないよ。生き方が違っただけ。だから苦しまないで、壁のない場所に生まれた自由を、私のために浪費しないで」



 うわごとのように私の名前を呼ぶライナーの腕が伸ばされる。それを受け止めて、私よりふた回りは大きい体を抱きしめた。すがるように懺悔するように、子供みたいに名前を呼ばれる。ひとつひとつに返事をして、腕をのばして頭をなでた。
 ライナーが人類と故郷の板挟みで苦しんでいるのを、いまなら気付くことが出来る。その証拠にほら、これだけの言葉でライナーが泣いている。嗚咽を噛み殺しながら、人殺しとなった責任の重さと戦っている。手のなかで、金色の柔らかい毛がはねた。



「つらかったね。頑張ったね。生まれ変わったら幸せになろう。いまも幸せだけど、ふたりで生きておばあちゃんおじいちゃんになろう」
「ナマエ……!」
「あ、ライナーが私といるのが嫌でなければ」



 自分のために自由を無駄にするなと言っておきながら、ひどい矛盾だ。
 慌ててつけくわえた言葉に、ライナーが首をふった。はじめて聞く涙声で、それでもはっきりと言葉を紡がれる。



「ナマエといるのが嫌なわけないだろう! 恋人なんか、作るつもりはなかった……なかったのに」
「どうして私と恋人になったの?」
「──渡せなかった。誰にも。ほかの誰かに奪われるくらいなら、すぐにでも人類を滅ぼしたほうがマシだった」



 これほど情熱的な告白があるだろうか。
 こんな状況なのにすこしじーんときてしまって、愛をこめて頭をなでた。きっとこの世界のライナーにふれていられるのも、話していられるのもあと少し。



「この世界でどんなことになっても、一生懸命精いっぱい生きようね。私は来世でもライナーが好きだから、いっぱい幸せになろう。ライナーも一緒に幸せにならなきゃ嫌よ」
「──ああ。約束する」
「まだライナーが私を好きでいてくれたらね。それが大前提だからね。わかった?」
「ああ」
「午後は、この日を楽しみしていた過去の私と一緒に楽しんで」



ここで代わったら過去の私は死んでしまう。でもそれを良しとしないのが私で、それを選択しないのが私だ。
 背伸びしても届かなかったから、首に手を回してライナーを引き寄せた。最後のキスをして目を開ける。泣いているライナーを見れるなんてレアだけど、できるなら笑顔が見たい。



「じゃあねライナー。また来世で」



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