明日のデートの前に、どうしても話しておかなきゃいけないことがある。疑われるかもしれないけど、それでも話しておかないと後悔するから。生まれ変わってまでふたりを苦しめたくはない。
 その日の夜、訓練生は浮かれていた。なにしろはじめての丸一日の休みで、羽目を外しすぎないかぎりはお咎めなしだ。
 休みがあることを考えれば卒業演習がどれだけ過酷なものか察することができるけど、今までのつらい訓練を乗り越えてきたことが自信となっている。自主訓練するものも休むものも遊ぶものもそれなりにいて、なんだか普通の学校みたいだ。



「アニ、少し話したいことがあるの。とても大事なこと。ライナーには秘密で来てくれないかな」



 食事を終えたアニに話しかけると、鋭い目が言葉の意味を探った。口を引き結んだままのアニに笑ってみせると、視線はそのままにかすかに頷かれた。
 めったに人が通らない場所を指定すると、何も言わずに席を立ってさっさと歩き始めた後ろ姿を見送る。すぐに行くと声をかけて、次はベルトルトのところだ。ライナーがちょうど席を外している隙にと、ベルトルトに話しかける。



「ベルトルト、大事な話があるの。ライナーに内緒で、ついてきて」
「……君が、僕に?」
「疑いたいのもわかる。ベルトルトの気持ちも、少しは。アニが先に行ってるから」



 アニの名前をだすと、ベルトルトの顔がわずかに歪んだ。ベルトルトの不安は的中してるけど、ここで言うことではない。
 返事を待たずに歩き出すと、数秒のちに席を立つ音が聞こえた。誰かに言付けるベルトルトの声はわずかに低い。これ、絶対怒ってるよね。でもいまさらだ。ライナーと付き合ってから、貼り付けた笑顔のしたで殺されそうな視線で見張られていたんだもの。

 過去の私はベルトルトに見られていたのに気付いていたけど、理由はわからなかった。それはそうだ、恋人が巨人になれるんですなんて、一晩逆さまになっていたって出てこない理由だもの。
 ベルトルトとアニは、ライナーの決意が揺らぐことを懸念していた。だから、ふたりは私と仲良くならないようにしていたんだ。

 指定した場所は、もうランプも消えて月明かりしかない訓練場のそばだった。ベルトルトを見たアニの顔がこわばる。ふたりに向き合って、さてどこから言おうか。



「ええと、これからいうことは突拍子のないことかもしれないけど、信じてほしいの。信じられないのはわかるけど、私が死ぬまであと半年くらいしかないから」
「どうしてそんなことが言えるの」
「あのね……私、未来から来たの」



 空気が止まった。ふたりが目を見開いて、それから頭でも打ったのかという顔になるのを、黙って見つめた。そういう反応になるのはわかっていたけど、いざ目にすると恥ずかしい。



「私たち、違う世界か未来で一緒に生まれ変わるの。原因はわからないけど、未来の私と過去の私の精神が入れ替わって、いま私はここにいる」
「……最近おかしいって聞いてたけど、ここまでとは」
「ベルトルト、目をそらさないで。もう、そんなに信じられないなら、あとで覚えてるかぎりの出来事を書いておくから」



 これで信じてもらえるかはわからないけど、詳細に書いておけばすこしは考えが変わるかもしれない。たとえばサシャがコニーのパンを奪ってライナーが仲裁に入ったとか、授業で当てられるとか、自分ではどうしようもない類のもの。
 すうっと息を吸って吐いて、ふたりを見た。疑われても知るものか。どうやったってどうにもならないのだ。これは私にとって過去の話なのだから。



「大丈夫、ライナーは私よりふたりを取るから、安心して」
「……なんの話」
「だからふたりは、気にしなくていい。罪悪感とか罪滅ぼしとか、私にしなくていいから。私はふたりにすごく良くしてもらって嬉しかったけど、友達なんだから対等でありたい」
「──ナマエ。君はなんの話をしているんだ」
「未来の話よ。ふたりは最初から優しかった。いま話したせいで過去と未来が変わっても、私は後悔しない。私のこと嫌いでそばにいるだけでつらかったら、友達でいてくれなくていいから。私なら大丈夫だから。ぜんぶ受け止めて、前に進んでみせる」



 強がりだった。ふたりが友達じゃないなんて想像も出来ないけど、もしふたりが私のことを嫌いなら、無理してそばにいてくれるほうがつらい。



「私は疑いをかけられる。事実を知っていたんじゃないかって。でも何も知らないから、何をされても言えなかった。知っていても言ったかはわからないけど。質問やらなにやら、思い出そうとしても思い出せないのが救いなのかもしれない。思ったよりひどいことされてないのかもしれないし」
「ナマエ、あんた本当にどうしたの」
「そして情報を聞き出せないと知って、壁外調査に放り出される。夢見た景色は、以前と違って赤色に見えた。ライナーをおびきだせれば幸いと囮にされたけどライナーが来るわけもなくて、防ぎきれなかった奇行種を倒す役割が与えられた。その隙にほかの調査兵団は逃げ、私は途中で馬を失った。逃げて木に登る最中に足を食べられた。最後に私は、折れた刃で自害する。これがこの世界の私の終わり」



 この結末を迎える、まだ何も知らない私。それが可哀想でもあり気高くもあり、とても私と同一人物だなんて思えなかった。いまの私は、これを伝えるだけでもこんなに怖いのに。



「もし必要だと思ったらライナーに伝えて。きっと今まで以上に、前に進むしかなくなるから」
「──ナマエ、あんた」
「これからも、思う存分見張ってね。明日、私は元の私に戻る。──この世界の私を、哀れまないで。最後までライナーを好きでいられたんだもの。幸せで平和な世界を謳歌するために、私は私へと生まれかわる。いまの話を忘れないでね。来世で私に尽くす必要はないから。幸せになってほしいの、ふたりには」



 涙がこみあげてきて、どうしようもなかった。私は死ぬ。怖いのにそれを選んだ私はすごい。それに恥じない人生を送るのは、きっといまからでも遅くはない。
 ふたりにごめんとありがとうを繰り返して、アニと一緒に帰った。きっとアニは今まで以上に私を見張るだろう。そういえば卒業演習前にふたりからの視線がきつくなったと思ってたけど、これが原因か。ごめんね過去の私。卒業演習の内容をこっそりメモしておいておくから許してね。



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